老人医療NEWS第72号 |
昨年一月の本誌六十四号のこぼれ話で同じ題名で書かせていただきましたが、その「新型療養病棟」の病院がこのほど完成し、四月三十日に移転を完了しました。
前の病院から約三q程の距離ですが、入院患者の三分の二は要介護度が四以上、しかも座位保持も不能の人が約半数いました。当院の寝台車と市の救急車だけでは、一日で引越しを終えることは出来ませんので、陸上自衛隊にお手伝いをお願いしようと、約一年間かけて折衝し、最終的に釧路市長と帯広の陸上自衛隊第五師団長の間で協定を締結していただき、イラク派遣で世論も厳しい折ですが、災害出動訓練として患者搬送に協力してもらいました。
幸い天候にも恵まれ、朝七時から始まった「移動大作戦」は午前中に無事終了しました。
上記のこぼれ話で触れた五十床の新型特養「百花苑」もこの三月にはオープンし、四日間で満床になりました。開設してまだ日が浅い施設ですが、入ってみますと、これまでの特養とは一味違う温かい家庭的な雰囲気の中で、老人が和んでいる姿がとても印象的で、これがユニットケア効果なのかと思いました。
新しい病院は二〜五階に一病棟ずつの計四病棟で、各病棟は五ユニット(一ユニット十二室)で構成されています。個室化に伴い、全病室の空気圧を陰圧にし、空気感染のリスクを減らしました。
病院にはユニットケア施設基準がないため、療養病棟の基準を完全に満たした上で、新型特養の施設基準に合わせて設計しましたが、結果、広い廊下が病室面積を食うことになり、病室が十uに達しなかったことは心残りです。
施設基準がない以上、ユニットケア病棟とは名乗れませんので「新型療養病棟」とカッコ付き、あるいはユニットケア型療養病棟などと言っていますが、一つのモデルにはなると考えます。
所謂ホテルコストや個室化による室料差額は、各病棟に一床ずつある特別室だけに設定しています。
また、全床に最新機能搭載の低床電動ベッドと高機能体圧分散マットレス及びサイドサポートを採用し、柵は全て廃止しました。
各病棟の浴槽に敷地内の天然温泉を使用しますが、特殊浴槽、ミストシャーワー浴槽、車椅子浴槽などで、温泉特有のリラクゼーション効果も期待しています。
また、総合リハAを届け出て、パワーリハビリも開始します。
各病棟の看護職員は十九人、看護補助者は二十一人なので、入院患者との比率は一・五対一になります。二交代制の夜間勤務者は各病棟五人ずつです。
ユニットケア型病棟の運営、労務管理には多大なマンパワーが必要ですが、果たして過大な建築コストと人件費は賄えるのか、この後苦労しそうです。
もう後戻り出来ません。開き直って、「新型療養病棟」でどうなるか楽しみにすることにします。
折りたたむ...私が現在の武久病院理事長に就任したのは、昭和五十三年であるから、約二十五年余りをこの仕事に費やした事になる。この期間は、日本の老人医療・福祉にとってはどの様な期間にあたるのか、あわせて、これからの老人医療・福祉はどうなってゆくのか、またどうあるべきかを考えてみたいと思う。
まず現在の老人医療・福祉の原点を語るには、第二次大戦後の現医療法の制定直後から初めるべきであろう。現医療法については、国際的にも費用対効果に対しては、一定の評価が成されている事は周知のとおりである。つまりその成功と終戦からの右肩上がりの経済成長の二枚看板によって、日本は世界で最長寿国となった訳であるが、その結果として、人口の高齢化と少子化という二枚の負の手形を受ける事になった。しかも、このスピードが異様に速いといった事も問題を深刻にしてきた。結果として今後は、全体的な人口減少に加え、人口動態の変化から就労人口層の減少が始まる。
現在しきりに新聞誌上を賑わす年金問題も、根の部分でここに原因を求める事ができる。この問題は国全体としての問題であるが、目を老人医療・福祉業界へと移すと、「働き手が減少する」現実がどのくらい私たちの業界に深刻なダメージをもたらすのか。
「老人医療・福祉は人手を省けない」という事は、私が二十五年携わってきて実感している。つまり他の業種に比べて最も合理化しにくい業種の一つである。老人看護介護は言うまでもなく、単純な物理作業ではない。お年寄りへのデリケートな心遣いを伴った働きかけは必須条件だ。つまり人手に頼る以外にない仕事である。しかもこういった働きが出来る様になるまでには一定の素質と訓練を要する。その上に今後は、人手を集める手段が困難になっていく訳であるから大変である。私が所属する医師会立の看護学校でも、現在はまだ受験希望者も定員を超え、生徒の質の低下等の話題がもっぱらであるが、数年も経てば、おそらく生徒募集に汲々としていて、とても生徒の質どころの話ではないであろう。
二〇〇二年秋、中国の青島(チンタオ)の看護学校に視察に行く機会を得た。現状では日本での就労ビザは取れないが、日本語の教育も行っている。学生と日本語で交歓会を行った際、目を輝かせて「明日からでも日本で働きたいです」と皆が意欲的だったのが印象的であった。一方では、東京その他の大都市では、ごく普通に外国人の店員が就労しているのを目にするようになった。特に、アジア系の外国人は「少し言葉がおかしいかな」程度で、よく見るとやっと外国人と気付く程度の人もいる。
自然の流れの中で、日本人は単一民族という図式が壊れていけば問題はないが、日本が経験した速度での人口動態の変化を、同じスピードで修復するのは不可能と思える。たとえ、就労人口層を輸入する方法を採るにしろ、強いあつれきが出る事になるだろう。もう一方で、増加した高齢者に働いてもらう方法も試すべきであろう。一番短絡的な方法は、定年延長である。高齢者も元気な間は働く事のできる社会づくりをすることが、急務ではなかろうか。
高度成長と世界に冠たる医療制度により築かれた日本は、急激に老いて国力は低下の一途を辿ろうとしている。この難局をどのような手段で乗り切るか。おそらく日本と同じ経験を持つ国はなく他に手本なしならば、独力で今後を切り開くしかない。老人医療・福祉という狭い観点からも、また国全体の問題としても。
折りたたむ...私が老人病院に勤務したのは、内科研修後、皮膚科を十年位行った後である。突如として与えられた老人病院の院長のポストと、慣れない老人診療には戸惑いを覚えた。就任以来しばらくは、内科の勉強ばかりしていたが、幸いなことに内科の研修知識がベースにあったため、あとは当院の向かい側にある一般病院の先生方に相談しつつ知識と経験をつんでいった。また、外来には整形外科の先生方も入れ替わりパートで来られていたため、整形疾患もたくさん勉強させていただいた。そんなこんなである程度のことは、相談が受けられるようになった。
老人医療で心に残ることは、ある八十歳近いおばあさんの事である。足腰が痛く、心臓も悪く通院していたが、来るたびに、嫁の悪口を言う。さも辛そうに訴えるものだから、聞いているスタッフも皆、鬼嫁を想像し、今度一緒に来ようものなら、捕まえてもっと大事にせい、と言ってあげたかったがなかなかチャンスにめぐり合えないでいた。
そうこうと月日がたつ間、六十四床の入院患者さんを診ながら、どうして、幸せそうにニコニコしている人がいる半面、いつも悲しそうにしている人、怒ってばかりいる人などがいるのだろうかと考えた。人間最後はニッコリやすらかに終わりたい、終わらせてあげたいもの。この違いは、人との今までの関わり方にあるのではないか。何事も自分優先にし、人への思いやりや配慮に欠ける生活をしてきた人は、あまり幸せではないのではないか。
そのような仮定のもとに、家族面談などで、今までの生き方を聞いてみると、案の定、人付き合いの良かった人は、友達や、孫や、近所の人までもがお見舞いに来るほど慕われ幸せなのである。それに気づいてからというもの、私自身も人のために時間を費やしたり姪や甥にこずかいをあげたりして老後の幸せ作りに励んでいる。
それでは今までそうしてこなかった人に幸せな大往生はあるのか。
ある時、看護の日の集いに、看護師さんたちが招いたキリスト系大学の講師の先生が「成功の祈り」という一文を朗読してくださった。人は貧しい人、裕福な人、病弱な人、健康な人などさまざまだが、裕福だから、健康だからといって幸せとは限らない。しかし、神は全ての人に成功を与えんとしているはず、何をもって成功とすればよいか、本当の成功とは感謝できる心・・感謝の言葉を身上として生きてゆこう、という内容だった。そういえば、幸せそうな人には、感謝の言葉がある。これだ!と思った。
私たちにできることは、感謝していただけるようなサービスを提供すること。いつも怒ってばかりいる人、不満ばかり言っている人、生きていてもしょうがないと思っている人が感謝の言葉を発してくれたら大成功。このような気持ちで日々努力をしているが、その人にとってよかれと思って努力をしていても、喜ばれないこともある。
九十歳近いおばあさんが入院していた。とにかく、始終コールを押してくる。その都度スタッフがかけつけるのだが、何もしてくれないといつも不満ばかりだった。このまま文句ばかり言って、スタッフに嫌われ家の人もあまり寄り付かないで一生を終わらせていいのだろうかと思い、ある日、思い切って尋ねてみた。「あなたの言われるままにスタッフは一生懸命やっていますが、あなたには感謝の心はないのですか」と。その方は暫く黙り込んでいたが、それ以来、「ありがとう」の言葉が聞かれるようになり、笑顔がでて、スタッフとも家族とも心が通い、穏やかに、大往生された。
私たち老人医療に携わるものは、どう生きれば幸せになれるかを患者さんを通じて学んでいる。これから老いを迎える人にも、今老いの最中にいる人にもこの心を伝えたい。
折りたたむ...成田空港から直接ロンドンヒースロー空港まで毎日六便が運行している。どの便のどのクラスで行くかということになると、選択が難しい。例えば、ファーストクラスがいいと思っても六便中二便には設定がない。エコノミークラスはどこでもあるが、JALのエグゼクティブ、クラブANAなどというビジネスクラスは、各社サービスに差がある。その上に、ヴァージンアトランティック航空が始めたプレミアムエコノミーというのがある。
プレミアムとは、どうも割り増しという意味らしく、エコノミーより高い運賃を支払うと、エコノミー以上、ビジネス以下のサービスが受けられる。ANAのプレミアムエコノミーは、レッグレスト付きで従来のシートピッチとシート幅が約二〇%拡大している。ただ、それ以外の食事などのサービスは、エコノミークラスと同等である。
話は変わるが、英国のブレア首相は、二〇〇〇年の国民保健サービス改革の目標として、入院待機リスト全廃、医療におけるファーストクラスサービスの提供を掲げた。それから四年が経過し、一部では医療サービスの改善がみられるものの、NHSで働く職員の不満、利用者からの医療サービスの質に関する疑問は、むしろ深まったように思えてならない。
国民全員に医療サービスを公平に提供することはすばらしいことであるし、大切なことである。しかし、その財源を確保することが困難で、どうしても医療費抑制という政策に進んでしまうということになるらしい。その結果、サービスの質を維持し、一層質を向上させるという意欲さえなくしてしまう医療従事者も生まれてしまう。
逆に、どんなことがあっても最高の医療を求める人々に対して、それを提供するが、費用はしっかり払ってもらうという考え方もあり、それを実践している国も決して少なくない。ただ、その前提として、すべての国民に公平にサービスを提供することは無理になってしまうということを覚悟しなくてはならない。
いつまでも、どこでも、だれにでも、最高の医療サービスを提供したいといくら努力しても、それを可能にする国は、今のところどこにもない。どのような医療システムが必要なのかということを考えてみても、何のために、誰のためにといったことについて、国民全体がひとつの方向に考え方がまとまることはないように思う。このあいまいさというか、ファジィな部分が医療の世界でも残る。ただ、多様であるが、なんとなく各自が耐えられるとか、あるいはガマンできるといった状況は、社会が平和であるということに他ならない。
老人医療は、とても多様であり、改めて最高の医療とは、どのようなサービスなのかを考えてみると、これが以外と難しい。ファーストクラスの機内サービスは、素晴らしいものであっても、病院入院中の高齢者のような多様性はないと思う。最高のキャビンに最高のシャンペンから始まり、いろいろなサービスを準備することは、病院内でも可能である。
わが国の老人医療全体は、どう考えてもエコノミークラスであり、やっとプレミアムエコノミーという段階になったと思う。素晴らしい食事やお酒を用意することで、病院内のクラスを上げることは容易であるが、それだけではどうにもならない。
これからの老人医療は、ビジネスやファーストクラスサービスの開発ということもテーマなのではないかと思う。なぜならば、プレミアムエコノミーでも、エコノミー症候群になるからであり、それを予防するサービスを開発する必要があるのと同じことだと思うからである。
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