老人医療NEWS第7号 |
昨今、老人医療で「在宅ケア」の主張が盛んだ。「ノーマライゼイション」の考えが基本にあるという。自宅での日常生活こそが「ノーマル」であり、病院や専門施設にいる生活は「ノーマルでない」ということだ。
たしかに、80歳以上の超高齢老人で、初めて入院生活を体験したような老人は、病院へ入れると数日でボケ症状をあらわすようなことはよくある。私達の病院では10数年前加ら、病院設立と同時に「訪問看護」サービスを開始し、退院をしぶる家族を説得して、帰せる老人はなるべく帰す努力を続けており、「家へ帰してあげてよかった」と思えるケースも少なくない。私達は「帰せるケース」と「帰せないケース」を慎重に選択しているからである。
10数年前、大学での生活を終え、第一線の病院医療に従事しはじめた頃、私は「在宅ケア」というものについて楽観的な考えをもっていた。「寝たきり老人」或いはその直前の「半寝たきり老人」の介護が如何に辛苦に満ちたものであるかを知らなかったからである。訪問看護サービスチームを組織して張り切っていたが、いざ一旦入院生活に入ったものの、結局ADL機能が回復しないまま、或いはより悪化した「寝たきり老人」を家へ帰そうという段になる」と、これが中々の難事業であった。
勿論、自分から「そろそろ家へ帰らせて頂きます」といってくれる老人家族など殆どありはしない。本人や家族の言い分を聞き、世帯状況を詳しく問うてみると、「帰れない」のも無理はないと思うケースが殆どである。まず住宅が狭い、車椅子が使える家などまずない。むりやり福祉からギャッジベッドを支給してもらって押し込むと、それだけで部屋は一杯だ。介護者も高齢者が多く、近くに子供もいない。いても、共働きで受験期の孫もいる。こういう状況のところへ重度の身体障害者を帰すことが、はたして「ノーマライゼイション」なのだろうか、と腕組みをすることがしょっ中あった。以来、私は「在宅至上主義」を信奉できないようになった。
そもそも、現在の私たち日本人の平均的生活―あくせくと働き、ローンの返済に追われ(しかもようやく「兎小屋」を手にいれるだけのために)、受験地獄に呻吟し−が、例えば米国や北欧諸国の庶民の暮らしぶりと比べて「ノーマル」といえるのだろうか。あの経済不調がことあるごとに喧伝される英国の庶民の生活と比べても、あきらかに「アブノーマル」としかいいようがない。その根源には何といっても、ひどい土地政策、住宅政策の失敗がある。
私は、障害老人に快適な施設生活を与えることはこの貧困の住宅政策の補完物である、と考えている。老人用の施設には、最優先で不要になった学校の跡地など公共用地が無償提供されてしかるべきだ。まともな住宅政策不在の中で、「在宅ケア」を推進することには践踏せざるを得ないのである。わが国の「在宅ケア」推進論には、情緒的観念的な主張が多すぎる。もっと社会科学的な立場からこの問題を検討して欲しいと思うこと切である。
折りたたむ...M.M.S.法
当病院は、浜名湖の東岸に位置している。昭和51年に無床診療所を借用して開業し、同54年には、増大する老人医療を受け入れる形で、75床の病院として独立した。その後増改築をくり返し、今年6月には、305床の認可を受けるに至った。今回の増床ではリハビリ部門を拡げ、入院、外来者共に運動機能の向上をはかれるように2ケ所にリハビリ室を作った。1つは150平米、もう1つは60平米である。
高齢者のリハビリは、着い人のそれとは違って難しく、何とか楽しくのんびりとできないものか、とマニュアル作りに苦心しているところだ。痴呆症には、土いじりがよいかもしれないと思い、小農園も作ってみたが、その効果はどうなることか。リハビリの点数が低いこともあり、これらを維持していくのは難しいが、時代の流れに適応するためには、やむを得ぬことであろう。
早発性痴呆症へ注目して
本格的な高齢者時代に突入して、家族や、当の高齢者達の医療に対するニーズが変容してきているように思う。男性の平均余命が75歳をこえ、人類が歴史上経験しなかったことを、今我々は日常生活の中で体験しているわけである。この時代の流れに合わせるように、国家的規模で中間施設が断行されようとしている。
その中で小生達は、自らの力で生き残り作戦を展開して行かなければならない。しかしそれも簡単にはいかない。小生達のように、個人で運営している者としては更にその感が深い。そのような反省をふまえて現在入院されておられる人々の疾病の構造を整理し、特色ある病院作りの参考にしようと思いついた。
分類してみると、次の6つ位の分類ではないかとおもう。
そこで、この5の項目に注目して頂きたい。「早発性痴呆症の前頭葉機能訓練」と呼ばれているこの訓練法は以前からあったが、それをさらに改良し、現状のように使用できるようにされたのは静岡県西部医療センター脳波外科の金子先生である。
金子先生は、浜松市の老人会の人達の中から約2000名近くを調査され、疫学的な所見をまとめられた。その中で、このまま放置すれば2〜3年後にかなりの人格荒廃を来たすであろうと想像される、軽い痴呆症状を有し、現実では、なんとなく周囲に同調して生活をしている人々がいる事に気がつかれた。
更に、それらの人々を調査していると、数々の共通点がある事が判ってきた。例えば、ボケる人は無趣味で大人しく、判で押したような日々を送っているし、また、テレビ番組は時代劇が好きであったりする、という類似点があった。逆に、80歳、90歳でも元気な人で多くの趣味を持ち、テレビのニュースや新聞の記事に目を通し、世の動きに興味を持ち、常に好奇心に心が躍ってるような人は、不思議と痴呆にはならない。
以上のような事が、2000名近くに及ぶ疫学的な調査から判ってきた。大きな進歩である。ただ、早期の痴呆症の人は、周囲に同調して生活している為に、早く発見しにくい面があるが、大体は伴侶が、どうもおかしいと気がつくケースが多い。
当院で扱った症例の中にも、やはり妻や夫が気がついて受診したものが多い。物忘れが激しくなり、「実印」を押した事すら忘れてしまい、大きなトラブルをひき起こしたり、また、コンロの火を点けて忘れ去ってしまい、ポヤをおこしたりと枚挙にいとまがない。物忘れも、忘れたことを覚えている内はよいが、忘れ去ってしまい、その責任を他人におしつけたりすると、日常生活の中で支障がでてくる。
M.M.S.法の開発を
CTやアンギオ等の検査でも特に異常はなく、むしろ、精神科的アプローチが必要かと思われるこれら痴呆の前段階とも言われるものに「早発性痴呆症」という名付けをした。そして、更に一歩踏み込んで、それらの痴呆症を数量的に把握できないものかと思考を重ねた結果、金子先生は「ミニメンタルスケール」、略称「M.M.S.法」を開発された。
現在、小生達も実際にこの方法を使用させてもらっている。その方法論の詳細は、紙面の都合上割愛させて頂くが、短的に言って、その特徴は意識、見当識、計算能力、失語、失行、失認等全てを検査し、数量的にデータを提出する事にある。
代表的なものに「仮名拾い」テストがある。その一端を紹介しよう。日本の代表的な童話や民話をひらがなで表示し、その中から母音のみを拾うという方法で、所定時間内で何ケを拾えるかが、テストの目的である。30ケ位ある母音の内、15ケ以下しか拾えない人は要注意である。そして、その単文の文章読解能力をも併せて知る事ができる。日常生活で伴侶しが気がついていない、一見何でもないような”物忘れ”のある人が、この検査で仮名が5ケしか拾えず、また、文章の読解能力も無に等しかったりする。
実践にあたっての工夫を
当院では、このような人々を受け入れ、その訓練の実践をする事となった。医療費としての請求は無論できないので、サービスとして行っている。従って、高価な道具や器材は使用できない。また、以前に重度痴呆症対策の一翼として、粘土細工を取り入れたところ、粘土で饅頭を作って食べてしまい懲りた事があったので、今回は、色々と知恵を出し、安価で再生可能であり、10歳程度の知能訓練に適したものを捜して使っている。また、手指は脳の一部という発想から、手指の機能をも高めるぺく、ゲームや手芸等もとり入れている。
その結果、かなり顕著な効果を得ることができた。入院スペースに限りがあるため、現在男性10名、女性20名位の人が入院訓練を受けておられる。病棟には活気もあり、遠くは神奈川県や愛知県からの入院加療者もいる。訓練だけなので、薬剤も殆んど使用せず、厚生省を喜ばせる事だけは間違いないと思う。
この地方も、10年位前は、9病院であったが、現在は17の病院を数え、更に今1つ工事中の病院もある。新設の病院の大半がいわゆる老人病院であり、今後既存病院との間での競争激化が予想される。
但し、よい医療を常に心掛け、特色のある病院カラーを求めつづければ、何とか生き残ってゆけるのではないだろうか。そうありたいものだと信じつつ日々を送っている次第だ。
折りたたむ...初めに、本年5月1日より老人保健施設のモデル事業を発足するにあたり、当会をはじめ色々な方面の方々のご協力を得た事に対し、深く感謝するものであります。モデルの概要は、次のとおりです。
施設は、武久病院の増設部分−北病棟の一部を利用、本館とは渡り廊下で接続され、独立した玄関を有する建物の2階部分に居室(4人部屋8室:計32床)、ナースステーション、デイルーム、4階の一部に食堂とリハビリを専有部分として設け、浴室・厨房等は病院と共有施設となっています。施設は、新設ですので基準を満たす広さを有しており、大変ゆったりした作りになっております。
職員定員は15名。管理者(施設長)1名……武久病院長兼務、医師(常勤)1名、看護婦3名、看護助手5名、理学療法士1名……兼務、栄養士……病院職員により実施、調理員2名、事務員1名、その他2名……雑務、警備、営繕で運営しております。設置形態は、病院併設標準型という事です。利用料については、私共の施設は食費が3万8干円、テレビを使用する人の電気料600円、オムツ代としてオムツ使用される方は1万8千円と定めています。
入所者の伏況については、開所当初は私共の予想を裏切る形で、32床に対し、22名が入所したにすぎませんでした。と言うのも実施以前の調査では、かなりの数の外来からの希望と、武久病院入院中の患者さんのうち、30名近くが入所を希望されていた訳で、入所者を選ぶのにどうしようか、といった悩みさえあった訳ですが、いざ開所すると入所者は22名にすぎず、いささか目算かはずれた結果になった訳です。
理由としては、利用料−自己負担という経済的因子の他、家族は入所希望しても患者さん自身が「慣れ親しんだ所(病院やホーム等)から動きたくない」といったケースも数件あった様です。約2ケ月半あまり経過した7月15日の入所者の状況は表一、二、三(PDF参照)のとおりです。リハビリテーション、レクレーションについては表四、五を参照いただければ内容について詳細がおわかりいただけると思います。また、通過者については、7月15日現在で3名、いずれも家庭へ帰られた方でなく、病状悪化による他院への転出の形です。
入所者に対して行ったアンケート調査の結果は表七のとおりです。今後の課題として対応して行きたいと思っております。
次にモデルに於ける運営上の問題点をいくつか挙げてみたいと思います。私共の施設では、武久病院からの転入者が多く、従ってADLが比較的良い方が多いのですが、(病院から移られた方々は、殆どが社会的条件による入院者です)全体的に見て、看護介護者の数は不足している様に思われます。日勤では、看護婦が、治療や処置が病院に比較して少ない分、介護面をカバーしている訳です。問題は夜勤体制であり3名の看護婦では、逆立ちしても当直をこなせません。夜勤で看護婦当直を義務付けるのであれば最低でも10名の看護婦を要し、この事から逆算すれば100床以下の規模では、運営出来ないだろうと思われます。私共はモデルという事で計8名の看護介護者で当直を行っており、介護者だけの当直の日もある訳です。現実には、モデルは2階部分に位置する為、1階と3階から応援を得る事もあった様です。
次に利用料と療養費の問題ですが、阪に現行のまま5万円程度と20万円という事で決まるとして、本格実施でやれるのか、といった疑問が出る訳ですが、決定してしまえばその範囲内でやるしかないと思います。私共の希望としては総額25万円とするなら利用料をもっと減らし、その分療養費を上げていただきたいという希望は当然ある訳ですが・・・。それに介護者が足りないという事でもう少し増したとすると、当然療養費の部分がそれに見合うだけのアップがされるべきですし、リハ部門についてもPT・OTを専従にするかどうかといった問題があります。
リハビリテーションに重点をおく施設である事は、誰の目からも明らかです。そういった旛設で専門職であるPT・OT等の指導がなくて良いか、といった疑問です。もし必要とするなら常勤であれ、非常勤であれ、そのかかる費用はどうするのか、それも含めての20万円なら安すぎるのでは、と思う訳です。同じ事がケースワーカーについても言えます。ワーカーについては、PT・OTと同じで、現在特に義務付げられてはおりませんが、生活の場でもあるという点および家庭への(逆に医療機関への)通過施設である点を考えると、ケースワーカーの存在は大きく、必ず専門職が必要であろうと考えられます。ここらあたりの追求が未だに出来ておらず、今後の大きな問題点であろうと思われます。
それともう一点、昭和63年度より本格実施という点ですが、私共はそれに向けて既にかなり具体的な計画を持って望んでおります。しかし直接的な交渉機関である県との話し合いで、ベット数が多すぎるのでは、といった様な反応があり、大変疑問に思いました。運営を効率的に行うには、ある程度の数が必要です免まして百床を割る様なものでは、物理的に運宮しにくく、また、運営の効率を上げる事は即ち良いサービスにつながることでもあり、仮にも民活を調うなら行政の側も御理解いただきたいと思う次第です。
本格実施が目の前にぶらさがっている今日、老人にとってより良い施設をと願う初心を忘れず、これからもこの間題に取り組んで行きたいと思っております。
折りたたむ...一般的に、老人の眠りは浅くて睡眠時間は短く、夢もあまりみないと経験的に言われてきました。また、老人は昼間もよく居眠りをすると言われています。
睡眠障害について、質門紙を用いた研究でも、60歳以上の老人の約20%に、何らかの睡眠に関する障害を自覚していることが明らかにされています。老人のこれらの睡眠の特徴は、脳機能の生理的な老化現象と考えられてきました。しかし、最近になって、老人の睡眠障害の背後に特異な病態生理学的異常が認められると報告され、注目されています。
それらのうちで最も重要であると考えられるのは、「睡眠時無呼吸症候群」といわれるものです。これは、10〜100秒間程度の無呼吸状態が睡眠中だけに頻回にみられ、それと関連して夜間の不眠、あるいは昼間の居眠りをくり返す傾眠状態などの症状を示します。その睡眠時無呼吸の後呼吸が再開する時に、普通一過性の覚醒反応がおこり、そのために夜間睡眠が分断されて、浅く不安定な眠りとなるのです。
この病態の主症状は、著しい肥満、日中の傾眠症状、睡眠時無呼吸です。重症になると二次的に、赤血球増加、高血圧、右心肥大、右心不全、筋れん縮などがみられます。これらは、睡眠時無呼吸が長期間にわたって続くための低酸素血症と高炭酸ガス血症のために生ずるものです。現在では、睡眠時無呼吸と傾眠症状を示してはいても、肥満がみられない患者も多数存在することが明らかにされています。
また、先にも述べたように、重症な場合には高血圧、右心肥大、右心不全などが生じ、血栓症や急性心不全のために夜間の睡眠中に突然死をおこす危険性があります。
最も注目すべきことは、健康で睡眠障害を全く自覚していない老人においても、睡眠時無呼吸症候群の診断基準を満たず睡眠時無呼吸を示している例がみられることです。しかし、健康老人の比較的多数にみられる睡眠時無呼吸に何らかの病的意義があるのか否かという点については、まだ結論が出ていません。
しかし、この疾患は、慢性の睡眠障害を訴えている老年者の約30〜40%にみられるという報告もあり、老年者の睡眠障害の最も大きな原因だと考えられています。他の主要な原因としては、うつ病、精神的不安、内科的疾患や脳器質疾患などが上げられますが、この特異的な睡眠障害が見逃されている可能性が高いので、注意する必要があるでしょう。
折りたたむ...8月31日、千葉市のモデル老人保健施設「晴山苑」が竣工式を行った。この施設は、社会福祉法人晴山会の特別養護老人ホームに併設されたもので、理事長の平山登志夫先王は、医療法人晴山会平山病院の理事長でもある。
全国7ケ所のモデル施設は、これですべてがオープンした。21世紀の老人専門医療の確立のため、各地設の健闘を祈念するとともに、会員一同、今後ともモデル事業に協力していく所存である。
七月末の国民医療総合対策本部の中間報告でも、老人保健施設制度の推進が強く打ち出されているが、当会もこれから真価を間われることになろう。厚生省の政策提言は、これまでの老人医療の実態を無視しているかのような姿勢と比べれば、歓迎したい部分も多い。しかし、今後のスケジュールが、あまりに不明確で、脱力感さえ感じる。
さて、秋本番、この後遺症をなんとか乗切り、収穫期としたい。
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