老人医療NEWS第51号 |
患者様の入院生活の質の向上、サービスの向上の為に、私の病院ではオムツ交換の回数やオムツ外しのことがたびたび議論の対象となっていた。
患者様はいったいどのような状態でオムツをされているのかが常に気にかかっており、患者様の気持ちを実感するために、ある夜遂に自らオムツをしてみることを実行に移した。体験者により、オムツをした場合に小便(以下小と言う)は出やすいが、大便は(以下大という)は寝たままだと大変難しいという話を耳にしたことがあり、実際寝る前に水溶性の下剤であるラキソペロン2本とコップ3杯の水を飲んでチャレンジしてみた。
次の朝小をしてみたが、小は超高分子ポリマーシートの開発が著しく、そのおかげで意外にサラッとしていて気持ち悪いという感覚はほとんどなかった。
大の方は、下痢になるかと期待していたが、緊張のせいか予想に反してなかなか出すことができずに、おもいっきり力んでようやく結果を出した。
大量に出たせいかその感覚たるや、股間に大きな「おはぎ」が10個以上詰まっているような感覚で、いかにこの状態は気持ち悪いものであるかを実感した。
更に立ってみると、多量の小と大量の大とでオムツ自体が大変な重さで、サイドを留めているマジックテープが取れてしまうような勢いである。
今回の体験は、こまめなオムツ交換がどれほど重要か、特に大の後に迅速に交換を行うことがいかに大切かで、そのことが患者様にどれほどの心地良さを与えることができるかを認識する大変貴重な経験となった。また、ある論文で、「介助者が患者様の生活のリズムを把握して、1日1回トイレに誘導し、ほぼ完全に排便させることができれば、その後のオムツ交換は小のみで3〜4回のオムツ交換で済む」という意見を読んだことがあるが、私の経験はまさしくこの理論を反映した体験であることを私の体が証明してくれたと思っている。
さて、オムツと言えば、今日の介護保険において、施設ではオムツ代は包括されているが、在宅では自己負担とされている。これは在宅の方は施設の方のオムツ代まで負担しているともいえる。更に医療保険の病棟においては、オムツ代は自己負担であるため、介護保険から医療保険への転ベッドの際に、事務的に複雑で利用者の理解が得難い。
今回の介護報酬の中には老人保健施設の平均的なオムツ代として約8600円が計上されているそうだが、重症者の多い、療養型病床群では実際には持ち出し部分が発生したり、また土地の価格、人件費、物価の高い大都市部においては、その負担は大変厳しいものとなっている。
今後はこれまで以上に受益者負担の世の中になることが予想される。そのことをふまえても「今後の介護保険制度は、フェアでリーズナブルでシンプルな方がいいな。」とつぶやきながらトイレのドアを閉めた。
折りたたむ...慢性期の高齢者医療にドップリつかるようになって2年余り、これまでそれほど気にとめなかったことに反省も数多い。
その1つが高齢者の座位生活の実態である。離床の重要性が叫ばれて久しいが、車椅子での座位しか考えてこなかったように思う。病棟に椅子は少なく、あってもごく普通の椅子であった。動けない高齢者が、車椅子から椅子に移って生活するなどの情景は、援助の手間がかかることもあり多くはなかったと考える。いきおい、車椅子で長時間の座位生活となる。
体力の乏しい高齢者は、頭部が前方か後方、側方に倒れる。ハイバック・チェアかリクライニング車椅子なら幾分かはその辛さも解決されたであろう。座ることが大切だからといって、座位耐性のない高齢者があのような姿勢で座っていることが快適だったはずはない。通常の車椅子は移動用に作られていて、座位での活動にはそぐわない。これから、高齢者が少し長い間、安全で快適に座ることに配慮したケアに努めたい。
言うまでもなく、座位効果の一つは廃用症候群の予防である。廃用症候群といえば、褥瘡に拘縮、筋萎縮となるが、褥瘡は予防マットや中心静脈栄養などにより少なくなった。
しかし、拘縮予防は簡易で決定的な対応法がないこともあって、積極的に取り組まれていない現状がある。麻痺や関節障害のない高齢者でも、安静を続けることによって容易に拘縮が発生する。では、起こして座ってもらい、関節可動域の訓練をすればいいじゃないかとなるが、1人1人に個別の対応をする余裕がない。結局、拘縮はあっても褥瘡がなければよしとする暗黙の了解が生れる。
そこで当院で長期療養中の91名について、拘縮の実態を調査した。
驚くことに、91名の合計1619関節の中で、約7割(1145関節)の関節に可動域の制限があった。また、発症からの期間が長くなる程、制限関節数が増える傾向にあった。このような療養の長期化と制限関節数の相関は、一度生じた拘縮の改善は困難であることを窺わせ、今更ながら、予防の重要性を思い知らされる結果となった。一定の期間を過ぎると改善が固定する麻痺などに比べ、拘縮予防は長期に継続して対応する必要があることも再確認した。
長期療養では、肺炎、骨折など多くの事態が併発される。その時々に、適切な座位生活を保障し、必要な訓練を提供する対応法が限られるマンパワーの中で実践できるのかどうか、これからの課題となる。各種の椅子そして車椅子、アクティビティーやレクリエーションの仕方、介護方法とリハビリテーションのあり方など多くの課題があるが、最も重要なことは、医師と看護の安静の意識とその根拠の再検討にあるように思う。
いつまで臥床が必要なのか、根拠に乏しい安静神話が蔓延してはいないだろうか。
実態の詳しい把握を重ねながらいくつかの試みを開始したい。
折りたたむ...先日、テンセグリティの不思議に思いを馳せるチャンスを得た。発明者の一番弟子の梶川泰司先生と一献傾けながら、テンセグリティ構造と人体の本質的構造の関係を拝聴した。曰く、以下のような内容である。
テンセグリティ(tensegrity)とは、バックミンスター・フラー(1895〜1983)が作った造語で、張力(tensile)と完全無欠(integrity)の合成語である。実物を見ればすぐにわかるが、言葉で説明すると、30本の丸棒を正12面体の対称性に基づいて空間配置し、ちょうど一筆書きのように1本の細い糸で連続的に繋いだもので、それぞれの棒同士は全く接触していない。ところが、糸(張力部材)が全体をバランスよく引っ張り、個々の棒(圧縮部材)がその力を受け止めるようになっているため全体は統合されて極めて安定である。ボールのようにバウンドするが、すぐにもとの正12面対体に復元する。
冷戦下における「宇宙ステーションからの都市へ」の研究で、1963年NASAの「超軽量構造体―テンセグリティの開発」が行われた。その中で、テンセグリティ・ジオラック球構造が、最小限の建築資材で最高の建築物を可能とした。
この圧縮力と張力という相反する力の釣り合いによって構造が自己安定化する構築システムで、自然の形状や人工的な形状に形態や強度を与えるテンセグリティは、注目されてきている。ハーバード大学のD.E.イングバーによると(日経サイエンス22〜34頁1998年4月号)以下のように体のあらゆるレベルで適用されているという。大きなものでは、人体骨格がある。206個の骨がバラバラにならずに垂直に立って安定しているのは、筋肉や腱、靭帯による張力があるからで、これらの張力を圧縮力に耐える骨が受け止め、全体として複雑なテンセグリティ構造を作って身体を支えているという。細胞レベルでは、細胞骨格としてのマイクロフィラメント・中間径フィラメント・微小管という三種類の繊維がある。そのうち、張力性素材として、収縮性のマイクロフィラメントがクモの巣のように細胞内に網目を広げ、細胞膜と全ての細胞内構成部分を核の中心部分に向かって引っ張っている。圧縮性素材としては、微小管、互いに交差して繋がっているマイクロフィラメントが、梁の役割をする。中間フィラメントが微小管と収縮性マイクロフィラメントを相互に結び付け、それらを表面膜や核と結合させて、核を適切な位置に固定する働きをしている。このような働きの中で、細胞は上から押しつぶすと平たくなるけれど、押さえる力を解除するとほぼ球状に戻る事が可能となる。
引っ張る力と圧縮に耐える力の安定構造は、禅問答的になるが今後の社会構造に何らかのヒントを与えてくれないだろうか?最高の福祉医療サービス(引っ張る力)と経済的効率(圧縮に耐える力)なんかは面白いかな。報酬制度を適度に設けなければサービスは改善させられないであろうし、緊張感あるサービスがあれば、顧客・従業員とも満足感が高くなるであろう。無駄を無くし、最短距離で対応できるサービスシステムを構築することにより、最大限の力を出すことが可能であろう。そのためには、ツマラナイ御役所的手続きを解消しないとだめだと思う。
さて、耐震性が強く、軽量で(通常の10分の1)ドームに装着した太陽電池でエネルギー問題を解消し、十分な採光で園芸等も可能なドームができるらしい。それでも重量と容積の関係から、球形構造だと内部温度が外部より3度上昇するだけで、空中に浮かぶという。天候の良い所へ移動可能なコミュニティができる。そんなテンセグリティ・ドームを作るのはどうだろうか?
折りたたむ...介護保険制度と医療保険制度は、法律上も実態上も、まったく別の独立した制度である。しかし、老人ケアやリハビリテーションの見地からみれば、同一の高齢者に対する連続的で相互に代替可能な部分を有するものである。しかも、保険料や一部負担の考え方などについては、いずれ整合性を確保したものにならざるをえないし、どちらが有利かどうかの議論は、一時的であり本質的なものになるわけもない。
医療保険か介護保険かの選択を病院が検討する場合、医療保険から回復期リハビリテーション病棟への転換という、もうひとつの選択肢がある。今回の診療報酬改定で「回復期リハビリテーション病棟入院科」(以下、リハ病棟とする)が新設された。この点数は1日につき1,700点(17,000円)が算定できるというもので、その施設基準はおおむね療養型病床群の完全型の基準を満たした上に、リハビリテーション科を標榜しており、病棟に専従の医師1名以上、理学療法士2名以上および作業療法士1名以上の常勤配置を行うものであり、患者対看護職員3対1以上と、看護補助者6対1以上の配置が必要である。
入院可能な患者は、脳血管疾患や骨折等の発症後3ヶ月以内の状態で、入院後180日間算定できるというものである。
17,000円という金額は、31日間で527,000円となり、介護施設の報酬より高い。医師と理学療法士、作業療法士が確保でき、3対1以上の看護配置が可能な療養型病床群を有する病院には、なんとも有利な制度である。しかし、その一方で発症後3ヶ月以内の患者を確保することや6ヶ月以内に回復をめざすことという条件をクリアするためには、多くの努力を必要とする。
それでも、このリハ病棟をめざす病院は少なくないし、このような病棟の報酬は、当然、医療保険で対応する性格のものである。
療養型病床群が、医療保険でも介護保険でも適用可能であるということ自体を考えてみると、医療からの介護とか介護の中での医療という分野が実態として存在していると考えることもできる。たとえば、医療保険適用が医療からの介護であり、介護保険は介護の中の医療であると説明することができればよいが、このようなことは無理であろう。しかし、リハ病棟と介護保険適用とは、医療の濃度という観点からみれば、明らかに医療保険であろう。
このように考えてみると、老人ケアを先駆的に実践してきた病院の医師の多くがリハ病棟をめざす理由が明確になるように思う。一方では、介護保険施設の3種型の一本化や一体化が議論される渦中あって、リハ病棟はひとつの方向性であろう。発症から3ヶ月、そして入院から6ヶ月という規定は、医療と介護を区分する、ひとつの目安となるであろう。また、介護老人福祉施設と老健施設に新設された50対1のリハビリテーション職員配置と、まったくこのような職員を配置しない介護療養型医療施設の相違とは何か、介護分野と医療分野のリハビリテーションをどのように考えれば良いのかなど、リハ病棟の波紋は、今後とも増幅すると考えられる。
もうひとつの議論は、回復期リハ病棟は、老人の専門医療にとって救世主かどうかということである。当会では、回復期リハと維持期リハがあり、どちらも重要だと考えてきた。問題になるのは、回復期リハと維持期リハの連携であり、何よりも高齢者の社会復帰と生活の質の向上である。このように考えると、維持期リハの必要性とその効果を科学的に実証することが求められるとともに回復期リハと維持期リハの連携の方策について一層検討する必要があろう。
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