老人医療NEWS第33号 |
社会保障が議論される時、その水準と負担との関係をとらえて、高福祉なら高負担、中福祉なら中負担、低福祉なら低負担というようにいわば定式化し、いずれの路線をとるかは「国民の選択」であるなどと表現される場合が少なくない。一見もっともらしい感じもするし、いわゆる国民負担率の解説には便利な表現かもしれない。しかし、高福祉あるいは低福祉とは何を意味するのか、負担とは誰がどういう形でお金をだすことなのか、など極めて曖昧であり、どういうイメージを描きながら言っているのか相当な隔たりがあるような気がしてならない。
社会保障の中でも、お金の流れそのものである年金は、あるいはこうした単線的な図式で示すことも、制度への理解を進める表現方法かも知れない。保険料であれ、あるいは税金であれ、拠出された総和を超えた給付はマジックでない限りありえないことは明白で、福祉=給付水準、負担=拠出(保険料+税金)とするなら、まさに高福祉高負担、中福祉中負担、低福祉低負担となろう。
同じ社会保障でも、医療となると事はそう単純ではない。高低を論ずる「福祉」というのは何を指すのか。治療技術なのか、あるいは入院サービスとして提供される生活関連サービスなども一体として考えるのか、はたまた近年強調されるインフォームド・コンセントなどの文脈につながる質をも含むのか。
また、まったく別の次元で、医療サービスを受けるにあたっての、利用者(患者)の窓口支払いの高低が「福祉」の高低を測る尺度だとする論もあるだろう。また、「負担」とは何を指すのか。コストとは無関係にいわば強制的に集められる保険料を税金をいうのか、窓口での支払いまでを負担に含めるとすると堂々巡りになってしまうことにもなる。
窓口での支払いの高低が全てで質を問わないなら、低負担で高「福祉」が不可能ではない。一方で、極めて高質、高濃度のサービスを他者の負担だけで、いわば分配論の枠の中だけで実現せんとすることにも無理があろう。逆に、分配の限度が先にあってその範囲でしかサービスが行われないとするなら非情であろう。
医療はお金の流れややり取りが全てではない。内容と質を度外視した単純な「福祉」と「負担」論から一歩進めて、どういう実態を実現しようとするのか、どういうサービスを展開するのか、それを具体化する場合の経済的システムをどうするのか、サービスの種類や内容に応じて費用の調達や支払をどうするのか、など、とにかく陥りがちな形式的な議論を超えた政策が求められてきているのではなかろうか。
折りたたむ...老人特例から療養型病床群第一号へ
生活面に配慮した老人医療を目指して
[沿革]
釧路市は人口が約20万人、主な産業は漁業、石炭、製紙などです。背後には釧路湿原国立公園がひかえ、阿寒湖、摩周湖、屈斜路湖を擁する阿寒国立公園への観光の足掛かりとなる道東の拠点都市です。
新しい老人病院のあり方を求めて、平成1年10月に194床の特例許可老人病院として開設した釧路北病院は、当初から老人特例看護認可を目指した看護体制をとりました。その認可取得のための実績期間中に、思いがけず入院医療管理料の制度が発足し、これこそ当院の意図した方針に沿ったものと考えて、老人特例看護申請を取りやめ、平成2年9月から入院医療管理料Tの認可を得ました。
介護力強化病院になった後、看護、介護の全職員を、介護に関しては先輩格の特別養護老人ホームに3ヶ月間研修に出したのですが、当初は介護に重点をおく看護に戸惑い、去った看護婦もいました。けれどもその後に集まってきた人達を含め、病院の方針が全職員に浸透するにつれ、介護主体の医療こそが当院の存在意義だという自覚が高まってきました。 辞める職員がほとんどいなくなり、看護職員が増加しましたので、平成4年5月から完全週休2日とし、同年6月から夜勤加算等の承認も受けるなど、職員の労働条件や職場環境の改善も果たしております。
今では159名の看護部職員を始め、214人の職員が一丸となって老人医療に取り組んでおります。地域の人達からも絶大な支持を受け、職員一同は当院で働くことに生き甲斐と誇りを持って日夜仕事に励んでいます。
[構造設備]
寝・食・排泄場所の分離が老人医療の基本との考えから、寝室、廊下を広めにし、老人保健施設に準じる構造で病院を建てましたが、ほとんどの病室を6床室としたので、1床当たり6平方メートルの病室が大多数です。
116平方メートルの機能訓練室や90平方メートルの老人デイケアルーム、釧路北劇場と名付けた舞台のある270平方メートルの多目的デイルーム、順送式特殊浴槽、車椅子浴槽など連日大活躍しています。平成4年10月には50床増床して5病棟244床となりました。
[QOL考慮の治療]
平成5年に入院してきた老人の60%以上が他医療機関からの紹介または転院で、60%以上は脳血管障害患者でした。脳神経外科からの転院例は経管栄養および寝返りもできない重介護を要する人がほとんどです。
セルフケア障害のため介護が必要な老人、意欲障害、痴呆などの症例が当院の入院適応で、ADLの自立している人は原則として入院の適応とは致しておりません。
意欲やADL向上を図るためのリハビリや集団レクリエーションを積極的に行っていることは勿論です。音楽家による週2回の音楽療法も楽しみの一つですが、犬や猫といった小動物と触れ合う毎月の「ワンニャン療法」は当院独自のものでしょう。
[催しやレクリエーション]
年間千人を超えるボランティアが定期的に来院し、いろいろな催しやカウンセリング、レクリエーションなどで院内の雰囲気も活発化され、入院者の表情も明るくなりました。
四季折々の行事は言うに及ばず、毎月1回の誕生会には着物を着替えて髪を整え、お化粧して参加してもらいます。一人ずつの略歴を紹介して花を贈り、甘酒やケーキで祝い、家族も大変喜んでくれています。ボランティア活動のなかでも極めつけは僧侶数人が来院する毎月の「ビハーラ活動」です。お坊さん達のお話を聞いたり、悩みを話したりできるこの日を患者さんも楽しみにしています。
[在宅療養]
ADLの改善が得られず寝たきりの状態であっても、家族で介護力がある場合は退院をすすめ、在宅医療科が家庭での療養を支援します。在宅医療科は訪問看護と老人デイケアの2部門からなり、専属の保健婦、看護婦、介護福祉士など9人を配置して、現在約80人の老人を対象に訪問やデイケアを行っています。
[療養型病床群への転換]
平成5年7月に老人特例を返上して、全病棟を療養型病床群に転換しました。
当初からゆとりのある設計でしたし、生活面に配慮した療養という療養型病床群の入院要件はまさに当院の命題でもありました。そこで設備構造に手を加えたり、人員を一人も増やすことなく、また当院のこれまでの方針を変更することなく、全病棟をそのまま転換することができました。現在は療養二群入院医療管理料Tの介護力強化病院です。
職員もこの転換を病院の質の向上ととらえ、自分達の行ってきた医療の意識が評価され、国が当院の方針を後押ししてくれていると考えているようです。
特例許可老人病院からの転換は当院が全国で初めてであり、さらに介護力強化病院からの転換としても第1号ということになりました。その栄誉に恥じることのないようこれからも努力していく所存でありますので、会員の皆様のご指導ご鞭撻をお願い致します。
折りたたむ...2年位前にテレビでヒッチコックの映画をみていた時、誰か女性がジェームス・スチュアートに言った台詞「疲れているから音楽療法の先生にモーツアルトでもお願いしたら」。正しくは違うかもしれないがこんな意味だった。
米国では1940年頃から軍関係の人々の間で音楽療法が行なわれ初めた。また、ストレスに対する音楽療法のテープやCDがレコード店で目につく。そこで今回、お年寄りのやる気の問題として音楽の利用、また音楽の脳への影響についていささかの経験を述べたい。 診療の現場でも「この人はやる気がないから困っちゃう」という言葉がどの位簡単に使われているだろうか。何ら科学的な確認手続きを踏むことなく一人の人間を安易に型にはめていないだろうか。
ではやる気とは何であろうか。これはかなり難しい問題であろう。また、やる気指数いくつであるといっても、その対応がなされなければ意味がない。そこで、「なんらかの刺激」⇒「反応」という式があるとすれば、その刺激は音楽であると考えた。音楽は、身体によし、脳によし、指導する人、される人ともに楽しいという、三拍子そろっているものといえよう。
このようなことから、音楽の脳への刺激は生体にいかなる変化をもたらすかを検討することとなった。
表は患者さんに聞いていただいた音楽である。どんな曲が脳波に変化を与えるのかを調べてみた。10年前のことでもあるが、当時は本格的脳波周波数分析器も高価であったので、通常の脳波計とフィードバック用の脳波周波数分析器を用いた。
図1の83歳の男性の方は色々な音楽でさまざまな対応、変化をした。ある曲では非常にα波が多くなっている。逆に図2の77歳の女性では、α波の占める割合もあまり多くなく、かつα波の変動もさほどない。
以上のような脳波の変化を調べていく過程で一つの現象(私は「水戸黄門現象」と名づけている)に気がついた。
テレビの時代劇はなぜお年寄りに受けるのか、それは「なじみ」である。おなじみの人物が登場することと同じパターンのストーリー展開である。お年寄りには、知っている歌や曲でなければ受け入れにくく、思い出の曲がその中心を占めている必要がある。また、曲の流れもその次のメロディーが予想しやすいもの、例をあげればG線上のアリアなどをあげることができる。
さて、音楽療法の器具として、CDプレーヤーや楽器などがあるが、カラオケについての検討も行った。
カラオケと脳波の関係については、あまり検討はなされていない。ご存知のように脳波測定時に筋電図が入ることは好ましくない。そこで椅子に腰を固定し、確実に座り歌ってもらうこととした。
正常な人でも、カラオケ中にα波が出やすい人や、また、むしろカラオケが終った時の方がα波が出やすい人が認められた。また、痴呆のある方でも、歌う前はα波出現は少ないが、歌っている最中は8〜12ヘルツの波が後頭葉に著しく出現した。さらには、歌う前にくらべてβ波も著しく増加した例があった。(図3)(注α1、α2はα波、β1、β2はβ波として説明している。)
私は、音楽療法は高齢社会において、QOLの点からも医療や福祉の現場にどんどん取り入れられるべきだと思っている。そこで、以下の点から特にカラオケをお勧めしたい。
なお、私は最近、大きな字と歌い出しやすいサインを入れたり、また体操を組み込んだカラオケを企画した。これは各曲をひとつのストーリーとして元NHKアナウンサーの相川浩氏に司会進行をしていただき、曲も高齢者の好みのもの100曲から成り立っている。そしてこのなかには回想療法の点から思い出の曲、旅行や食事のシーンを入れている。 昨年スウェーデンへ行った時に80歳以上の痴呆の人が住んでいるグループホームを訪れた。色々とスタッフの人と話しをしていた時、歌が聞こえてきた。痴呆のある方々ではあったが、私に歌をプレゼントしてくれた。曲は「すみれの花咲くころ」であり、メロディーだけでなくハーモニーを感じた。
音楽は脳の活性化のみならず生活の活性化にも効あるものである。カラオケで歌ってADLとQOLを高めていただきたいと思う。(なお、上記のカラオケソフトは4月にパイオニアより発売予定となっています。)
折りたたむ...昔から「風邪の予防にお茶がよい」と言われていますが、本院では、食事の時の飲茶の配膳以外に、洗面台に出がらしを抽出した液をやかんにいれて常備し、常にうがいをできる状態にしています。私が校医をしている近くの小学校においても、お茶の出がらしによるうがいをすすめています。
このうがいにより他の病院、学校に比べ少しは感冒の予防効果があったのではないかと思われますので、お茶の抗ウィルス・抗菌・抗虫歯効果について少しのべてみます。
その他、お茶の効用として降圧作用、抗癌作用、抗糖尿病作用などが報告されていますが、そのあたりは専門家にゆずることとします。しかし、お茶の出がらしによるうがいは経費もかからず、ある程度有効なものと思われます。一度試されてはいかがでしょうか。
折りたたむ...平成6年4月実施の診療報酬改定の内容が公表された。内容は5.2%の改定と薬価引き下げとなった。5.2%といっても、そのうち1.7%は10月1日実施分で、一般病院の4月改定は、限りなくゼロ改定に近い。
当会は、老人専門医療の確立のため、今回の改定に対して、老人病院のケア向上のため、入管の3対1の新設、看護・介護計画の策定、療養環境の改善、在宅ケアの充実、精神病棟における老人ケアの確立等を運動方向として、約1年間に渡り、調査研究、組織強化、各方面への働きかけを積極的に進めてきた。
老人医療に対しては、平成4年4月改定以降、厳しい逆風があった。『質の向上』以外には、この風を受け止めることは困難な状況であった。その対応は、老人病院機能評価マニュアルの改定であり、ケアプラン研究調査の推進であった。もちろん、オーストラリアへの職員研修会や、リハビリやワーカー研究会の成果にも努力した。
改定内容は、当会の主張や活動内容に対して、評価が与えられたことを意味するもので、十分納得できる。細部の点数については、必ずしも十分といえない部分がないわけではないが、ここまでの改定が無理な状況であったことを考えれば、感謝以外のなにものでもない。
在宅ケアの充実と精神病棟については、デイケアの評価や訪問看護の普及がなによりであったし、精神入院医療への包括性の導入は、あまりにも長年の夢であった。老人病院の療養環境加算10点は、ベッドイズバッドという考え方が、やっと認められたものであるし、入院生活リハビリ60点は、週3回の入浴へのステップとなる。特に、療養型2群と老人病棟だけというのが、老人専門病院確立への勇気を与えてくれる。
今回改定の最大のポイントは、入管3対1の実現とケアプランであったことは確かだ。ケアプランについては、それを点数化することが目的というより「3対1にはケアプラン」ということで、軽症患者を集めているわけではなく、ケアの必要度に応じた質の高いケアを計画的に行なうことを使命とするという考え方への変更が、わが国の老人医療を向上させるキーとなると考えてきたのである。
改めて、日本医師会をはじめとする関係団体、中医協、そして改定のため日夜の苦労をいただいた厚生省の職員に深い感謝を申し上げたい。
この改定内容を受けて、老人病院のケアを向上させるのが、当会の課題となる。まず、第一に、入管制度(特例病院入管、精神病院入管、療養型入管、精神病棟包括化)の拡大充実によって、老人にふさわしいケアを実践しなければならない。第二に、3対1以下であっても、個別の看護・介護計画を立案して、ニーズ把握から評価までの一連の科学的医療ケアを確立したい。第三に、住宅ケアに大幅に参入して、地域と病院とを結ぶケアを充実したい。第四に、療養環境の整備に努め、よりよい病院創りのための投資を進めたい。そして最後に、当会会員病院の実践が高く評価されて老人専門病院の確立という目標を達成したいのである。
その第一歩は、科学的治療を行なう場としての医師のワークショップ(3月11・12日、下関で実施)で、医師の研修を進め、看護・介護計画のための研究会・研修会を強化し、MDS開発の拠点である米国視察を行なうとともに、職員研修の一層の充実を行ないたい。 老人専門病院の質は、職員の質と療養環境の向上、そして徹底した質の向上のためのマネジメントである以上、今後も一層の努力が必要である。そして、今回改定の趣旨を受けとめた実践が、高く評価されるよう全員の団結がなにより大切である。
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