老人医療NEWS第31号 |
老人医療における療養環境の重要性について述べたいと思う。
目ざましい回復が見込めず、退院、社会復帰の目途もつかないまま、入院生活が長期化してゆく高齢者慢性疾患の場合、療養環境から削ぎ落とされた日常生活の衣・食・住の内容の不十分性が、患者の心と身体の総体をじわじわと蝕んでゆく。近年指摘されている通り、ここで重要となるのは、疾病の治癒ばかりに注意を集中せず、高齢者の残された能力、健康な部分に目を注ぎ、それを活性化し保持する生活を生かしたリハビリテーションである。病や障害を取り去る事はできなくとも、それらと折り合いをつけながら豊かに生活しうる手だてを獲得してゆくことが、ここでの重要なテーマとなる。
この点に関して、生活の舞台となる療養環境が果たし得る役割は大変大きい。段差の解消や手スリの設置、車イス等による移動や介護者の動きを考慮したスペース、といった機能的側面もさることながら、建物の中での自分の位置を認識しやすい空間の組み立てや、個―集団、静―動、開―閉といったメリハリのある生活領域構成といった空間要素も、そこで療養生活を送る一人一人の生活の活性化を促す重要な要素である。
また、空間がはらんだ光や色、音や風、肌ざわりといった、人間の五感に働きかける様々な刺激を通して、あるいは、個々人の過去の歴史や人間関係を映し出す空間要素や物の助けを借りながら、環境は、人間の精神の活性化にも大きな役割を果たすことができる。
元来、心と身体とは切り離すことができないが、ここで仮にそれらを切り離して考えてみると、身体の方は老化の過程で確実に弱化してゆく。特に、移動能力や日常生活をしていく上での生理的、身体的な能力が次第に衰えていく中で、身体自体は依存度を高めていく。
その時に、見過ごしてはならないのが心の問題である。端的な言い方をすれば、身体が弱化して依存度が高まっても、それをできるだけ心の依存に連動させないことが、ここでのポイントであると言い換えてもよいだろう。
先に述べた方向での療養環境整備や、高齢者の残存能力に注目したケア・介護を強調する所以は、此処にある。
折りたたむ...[病院の生い立ちなど]
当鳴門山上病院は、渦潮で名高い鳴門海峡を臨む海岸に位置しています。鳴門市は人口約65,000人、四国の最東端に位置し、淡路島と大鳴門橋で結ばれた古くから製塩が盛んな地域です。
当院は、昭和52年に亡父が京都市内で開設していた医療法人久仁会の分院として故郷鳴門の地に開設されたものです。当初40床で出発しましたが、昭和54年には280床にまで順調に増床増改築を続け、付添いのいらない病院として、鳴門市内淡路島一円、香川県東南部を診療圏とする今日の基礎ができました。しかし、昭和56年に父が病に倒れ、当時28歳の私は、赴任先の高松日赤病院より急遽戻ることになりました。
その当時、病院は経営面では非常に苦しい状態であり、京都の本院、自宅を手放しての再出発でした。幸いスタッフに恵まれ、何とか立て直すことができ、昭和63年には四国第一号の老人保健施設のオープンに至りました。
振り返ってみますと、高齢化時代を見越した父の、広い土地の取得、廊下幅3・5mなどの余裕を持った建物、老人専門病院という明確な目的、昭和52年の開設当初より徳島では考えられなかった完全週休2日制の採用等、その先見性には教えられることの多い昨今です。
[病院のめざしているもの]
現在280床の内、20床を特U類の一般病棟(1病棟)、260床を特例許可老人病院入院医療管理料(T)(4病棟)としています。
平成3年9月に介護力強化病院となりましたが、看護婦の中には資格を持ちながら介護職員になったと考える者が何人もおり、職場を離れてゆきました。また、ケアミックスを採用し最初61床一般病棟を残したことから、治療上の重症者の上に介護の重症者まで一般病棟に集まったため、極端なオーバーワークや、一般病棟と介護病棟の反目も大きな問題となり、そのための退職者もかなりでました。やむなく約半年間入院患者数を減らし対応しましたが、この時、医局の先生方が先頭に立ち、事務職員も協力して入浴や食事介助を行ったことで、危機を切り抜けました。
その後20床まで一般病棟を減らしたことにより、一般病棟はICUのみという状態となりました。治療上の重症者と介護上の重症者を分けてお世話するようになり、病棟間の協力体制も改善されました。
介護スタッフの欠員を補充するため、男性も含めて募集したところ、折からの不況もあって、定年後の再就職者を主とした男性ソワニエ(当院では介護スタッフをソワニエとよんでいます)が集まってくれました。現在ソワニエ81人中19人が男性です。はじめは不安が大きかったのですが、離床作業、入浴介助に体力を発揮してくれているのは勿論、前職の技術を生かしてレクリエーションを工夫したり、患者さんの相談相手になったり、男性ならではの効果が上がっています。
介護力強化を取り入れて以来、試行錯誤を重ねてきましたが、最近では離床する時間が増え、ベッド周りが清潔になり、各病棟が競いあってデイルーム等に季節の飾り付けを行っています。また、いろいろな遊びリテーションもするようになりました。それ等によりベッドから離れた患者さんの表情が豊かになったことに驚いています。「病院や職員の都合に合わせてお世話するのでなく、お年寄りの希望に合わせてお世話させていただく」という私の信条を理解してくれるスタッフが育ってきてくれている様です。
今後の展開として、これまで当院の入院患者さんの6割が淡路島在住の方のため、退院後の継続療養が難しかったことから、本年より「継続療養部門」を設立し、病院、老健施設一緒になって、デイケア、ショートステイ、訪問診療、訪問看護を進めてゆく方針です。 井の中の蛙にならぬよう、自分を含め、スタッフには積極的に研修会や見学に出るよう指導しておりますので、先輩の諸先生方のご指導をお願い申し上げます。
折りたたむ...季節も大分春めき、老人性乾皮症をもっている人も少しはカサカサや痒みが薄らいできている頃だろう。毎年11月頃から3月頃までは、回診時に皮膚の乾燥症状の強い患者さんが多くみられ、裸にするとボリボリとかきはじめる。
冬期には、気温が下がると皮膚の血管が収縮し、それと共に皮脂腺の機能も低下する。さらに、空気の乾燥は皮膚の乾燥を招き、痒みが出現する。ここで素人は、カサカサして痒いため、入浴時にゴシゴシと石鹸を使用してこする。このため、なおさら乾燥症状及び痒みが強くなり、皮脂欠乏性湿疹、あるいは円形に出現すれば貨幣状湿疹と言われる湿疹が出現する。副腎皮質ホルモンを外用すれば比較的すぐに症状は軽快するが、乾燥体質の強い人では、夏期にまで及ぶこともある。
頭や顔のカサカサ(落屑)をともなう赤斑もよく見られる。これは脂漏性皮膚炎のことが多い。皮脂成分の質的異常が基盤にあり、出た皮脂(トリグリセライド)が皮膚表面の細菌によって分解され、刺激性の遊離脂肪酸になることが病因と言われている。甘いものなど食べ過ぎる人に多い傾向がみられる。皮膚の清潔も心がける必要があるだろう。
時々、「ちょっと教えて下さい。」と頼まれて見る皮膚病は足の水虫(白癬)、指の間に皮むけがある位なら迷わないのだろうが、足の裏全体に角化が強く少しも痒くないとなると、果たして水虫なのか単なる角化症か迷うことだろう。もし水虫であれば、それだけ角化が強くなるには何年もかかっているであろうから、爪にも変化がくることが多い。爪の白濁を伴えば水虫、趾間に皮むけがあればさらに確実である。そして夏期に悪化するようならなおさらその可能性が強い。左右差があることも多い。
他に「何でしょうか。」と聞かれるもので多いのは、オムツカブレとカンジダ症の鑑別である。陰股部、殿部、腋窩、乳房下など汗がたまりやすく通気性の悪い部分に生じやすいカンジダ症は、オムツの当たる部分に生じると鑑別が難しい。オムツカブレとカンジダ症との鑑別は、全面が赤くなっている周囲をよく見て、プツプツと粟つぶ位の紅斑や落屑が多く見られれば、まずカンジダ症の治療から行なった方がよいと思われる。それでよくならなければ、0・01%ピオクタニン加亜鉛華軟膏を外用し、しばらく様子をみるか、ステロイド軟膏を併用する。
疥癬も時々見られる。全身に痒い小丘疹が散在している時は、指の間をよく見ると、疥癬トンネルと言って、ヒゼンダニが表皮内をモゾモゾと這ったあとが数o単位の灰白色の線として残っている。皮膚の小膿疱がある部分やトンネルの部分の皮膚をピンセットでむしり取り顕微鏡で見ると、疥癬虫や卵が見られる。男性なら陰のうに赤い小結節がプツプツとあればなおさら疥癬の疑いが濃い。
以上、よく見られる疾患、相談の多い疾患をいくつか挙げたが、高齢者はその他皮膚腫瘍も含めて、皮膚病の宝庫のようである。
折りたたむ...老人のケアの質の改善をテーマに第4回総合研究会を開催
1月25・26日、ホテル海洋(東京)において233名が参加し老人の専門医療を考える会第4回総合研究会が開催された。コーディネーターは、国立医療・病院管理研究所医療経済研究部長小山秀夫氏、テーマは“老人ケアの質の改善”ということで、2日間にわたって、演題発表も含め熱心な議論が交された。
開会挨拶では、天本宏会長より、「老人医療において重要なことの一つには、生活の質をよくしていくということがあげられる。それぞれの職種は異なっても、一人のお年寄りに同じ目的をもったチームとしてかかわることができなければならない。われわれはサービスを提供していくのであるから、どの患者さんに対しても、同じケアの質が保障されるシステムがつくられるよう取り組んでいきたい」と述べられた。
研究会は、基調講演、5部門に分かれての分科会ですすめられ、全体討議で締めくくられた。
基調講演
老人のケアとリハビリテーションの再考
浜村明徳氏
基調講演は、国立療養所長崎病院副院長浜村明徳氏を講師に迎え、標記テーマで行われた。
(以下概略)
慢性期の老人には、疾病や様々な障害に対する援助がなされなければならないが、特にターゲットとなるのは生活障害である。
老人病院に寄せられる期待は大きいが、慢性期のケアやリハビリの専門性、役割分担等の問題点もあげられ、今後の課題としていかなければならないところである。
老人医療、リハビリテーション医療の基本概念は、ADL(日常生活動作、つまり歩けるようになることがリハビリの目的)から、QOL(生活の質)へと転換してきた。ハンディキャップという単語には、
1. 不利益
2. 個人の役割の制約
3. 人間としての価値の低下
という意味があるが、このハンディキャップの克服こそリハビリの目的とすることが明確にされた。
老人医療、リハビリにおけるチーム・アプローチでの要点は、評価から目標設定、援助に至る流れをつくりあげていくことだ。具体的活動目標として、
分科会
<ナース部会>
講師 秋津鴻池病院長 平井基陽氏
霞ヶ関中央南病院長 齊藤正身氏
演題発表17題を中心に議論され、看護の原点に戻ってとりくむ必要性が問われた。
<ケア部会>
講師 武久病院長 頴原健氏
19題の演題が発表され、ケアのあり方、介護スタッフの役割等について話し合われた。
<リハビリ部会>
講師 浜村明徳氏
宮崎リハビリテーション学院副学院長 米田睦男氏
昨年11月に実施された施設概要およびリハビリスタッフ個人意識調査を元に、ワークショップ形式で今後の会の進め方について討議を行う。
<栄養士部会>
講師 聖マリアンナ医科大学病院栄養部長 最勝寺重芳氏
光風園院長 木下毅氏
5病院の事例発表の後、小山氏、最勝寺氏の講演が行われ、活発な意見交換がなされた。
<MSW部会>
講師 東京都老人医療センターMSW奥川幸子氏
インテーク(初回面接)について、立場の確認の見直しが行なわれた。
全体会議
2日目に行われた全体討議では、小山秀夫氏を司会に、3時間にわたり参加者全員による討議が行われた。
小山氏は4回目となった研究会への感想を交え、老人医療に対するチームとしての姿勢のもち方等が話された。(以下概略)
研究会も回を重ねるごとに面白くなってきたが、今回の発表を聞いていると、「私のケアはこうで、老人はこんなによくなった」というような自己完結型のものが多かったように思う。病院ではスターが必要なのではなく、皆が「当たり前」のことをきちんとすることで、当たり前以上の成果が生まれてくる。
職種間の反発や葛藤の話を聞くが、自分はよくて他は悪い、と思っているのでは、いつまでたってもうまくいくことはない。仕事はしたくない、文句は言われたくない、と思っているのでは駄目だ。こうして、今、各部会が一同に集まり、全体討議をしている意味を正確につかんでいただきたい。
大切なことは、そこに働く人の心が健康であるか、皆が一つになっているか、患者さんに質のよいケアを提供しているか、という3点である。それ以外のことはさほど重要ではない。
今回の研究会では、リハビリ部会、MSW部会、栄養士部会で、それぞれの部会としての活動を強化していく、という意見がまとまったようであるが、決めたことは必ず実行していただきたい。
制度的にも、平成2年に入院医療管理料が新設されるなど、老人医療の流れは確実に変わってきているが、これは皆の成果であり、一人一人の真剣な取組みが社会の評価を受ける時期にきている、ということである。是非、笑顔で頑張ってほしい。 以上をもって、閉会となった。
折りたたむ...平成6年4月の診療報酬改定について、いよいよ動きはじめた。厚生省の人事異動も予定されているが、ある程度の方向だけは、人事異動の前に決めておきたいという雰囲気が感じられる。
当会は、老人診療報酬については、ささやかではあるが、確実に意味を述べ、そして伝えてきた。戦術的に失敗したことも、成功したこともある。しかし「もっと儲けさせろ」といったような下衆な主張もしなければ、政治家にお願いしたりするような非常識なこともしてこなかった。
基本は、老人医療の質の向上と老人専門医療の確立の一点である。このことに関しては、われわれの成果であり、理想を共にする者のみによって組織されたクローズな少数精鋭団体の強みといってよい。
なぜか。いろいろな人々がいれば、いろいろな意見が生じる。そして、どのような要望でも、最大公約数化して、なにが焦点かがわかりにくくなる。「あれもこれも」といっていたのでは、どれも実現しない。「これだけは」という主張は、パワーもある。ナポレオンの基本戦術であった、一点突発全面展開は、価値ある戦術だ。
次回改定に、なにを一点突発するかは、未定であるが、正直にいって人件費の上昇分だけでもカバーして欲しい。しかし、このことは、老人専門病院以外の病院でも共通しているはずである。当会の重鎮であられた故川村耕造先生は、入院時の「高齢入院患者総合評価科」の新設を熱望されておられた。「日本の老人ケアのウィークポイントは、入所時に医師、看護婦をはじめとする医療専門職とソーシャルワーカー、介護職員による総合的な評価が充分でないことだ」と繰り返し主張されていた。
この主張は、平成4年4月改定への当会の要望書に明文化されているが、先生の高い理想と老人医療に対する熱情を引きつぎ、今後も要望することが必要である。
入所時の総合評価については、すでに各病院で一応取り組んでいるが、必ずしも十分ではない。当会の昭和63年の英国研修で、英国の病院に「評価病棟」があり、ここで1週間程度、徹底的に評価してから、その後の治療方針、看護計画を立案するシステムが存在すること。平成2年の北欧研修で、入院時評価を熱心に行なっていること、そして昨年のオーストラリア研修では、評価票が工夫されており、かなり具体的な方法で入院評価がされていることを体験した。
また、医師集団で繰り返されたワークショップでは、脱水症状がある自宅からの患者に「ただちに点滴することの危険性について」も相互学習した。さらに、加藤隆正先生を中心に北海道で行なわれたMDSの研究からも、われわれ老人専門病院での「評価」が重要であることが認められた。これらの患者の「評価」は、大塚宣夫先生が中心となりまとめられた老人病院機能評価とともに重要なテーマである。
このように考えてみると、今回の診療報酬改定には「評価」がキーワードになるように思う。
さて、次回改定への基本的戦術は、まず老人医療の質をテーマに、議論を集中して、会員の意見の取りまとめを行い、要望書の作成と関係者への理解を求めることがベースになる。 これに並行して、会員全員が関係各方面に、一点を繰り返し要望し、必要であれば病院情報を正確にデスクローズすることである。
あまりに幼稚な戦術だが、一人でも多くの老人専門医療の理解者をえることは、われわれの使命でもあるし、このことが最も確実で、敏速な戦術であることを、われわれは確実に学習したのである。健闘しよう。
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