老人医療NEWS第23号 |
わが国の老人医療、老人病院の現状は多くの課題を抱えている。問題の所在は単純ではないが、介護を軽視してきたことに基本的な問題点があるのではないか。
医学や医療が老人間題と直面してから日が浅いうえに、医学の歴史をみると、20世紀に入って細菌学の輝かしい業績や抗生物質の発見、更にハイテクの診断治療への導入によって医療が病気を本当に治しはじめたことが、医師をはじめとする老人医療関係者に老人医療の本質を見誤らせているのではないか。治せないことが医学の敗北であると考えてきたとすれば、老人医療に立ち向う時はそのような考え方は捨て去るべきであろう。加齢に伴う身心機能の低下による要介護の状態にどう対応するかは、狭義の福祉サービスだけの問題ではなく、医学・医療の重要な課題として取組まなくてはならない。
私はわが国の老人医療の今後の方向として、在宅ケアの推進、福祉との連携に加えて、介護の重視の3点を基本として据えるべきであると考える。昨年は高齢者保健福祉推進十ケ年戦略の策定、老人福祉法等福祉関係八法の改正、入院医療管理料の導入による診療報酬での老人病院の介護力の評価等、高齢者の保健福祉対策の分野で今後の方向を示すいくつかの重要な政策決定があった。
今年は老人保健制度の見直しを行い、老人保健法改正案として今国会に提出した。その基本的な考え方は、咋年の高齢者保健福祉推進十ヶ年戦略、老人福祉法の改正により、福祉のサイドから老人介護体制の整備を図ったのに引き続き、老人保健の分野で介護体制の整備を図り、保健・医療・福祉を通じた総合的な介護体制の整備を図ることを目的とするものである。具体的には老人保健法による老人訪問看護の制度化、老人医療費のうち介護的な要素に着目した公費負担割合の3割から5割への引上げ等である。
老人訪問看護制度は保険医療機関以外から在宅寝たきり老人等への訪問君護を制度化するものである。これによって在宅福祉サービスの充実と相侯って在宅ケアの基盤づくりを推めるものである。訪問看護に先駆的に取組んでおられる人達から伺ったところでは、訪問看護の充実によって在宅死の割合が増えてきているという。在宅の介護体制の充実により在宅でターミナルをむかえる人が増えてくるという事はいろいろの事を考えさせられる。いかに最期をむかえるかということが老人医療の最大の課題なのであろう。
折りたたむ...老人の生活を支える医療と福祉の谷間をうめる柴田病院
柴田病院は倉敷市の西部・玉島地区の高梁川河口近くに位置する226床の特例許可老人病院である。1980年9月にオープンし、今年で満10年を迎えた。
私は、20年間、下津井という漁村で地域包括医療に取組み、そこで病院・保育所・特養ホームを作った。そこでの経験から、これから医療と福祉の谷間を埋めるような老人専門病院が是非とも必要だと感じ、柴田病院をオープンした。
開設時の方針
開設当時は、マスコミで悪徳老人病院が叩かれていた時代だったが、当院では、老人病院の独自の役割は疾病の治療と同時に老人の生活を支えること、老人の生活を再建し、『生活の場』へ帰すことだと考え、リハビリテーションを充実させてきた。
また、介護の面でも、家族への付き添いの要講はせず、職業付添い婦も入れず、すべて病院職員で食事・排泄・入浴などの生活援助を行ってきた。
生きがい療法で全国的に有名になる
当院勤務の伊丹医師が推進している生きがい療法は、ガン患者の富士登山・モンブラン登山・アメリカツアーなどの活動でたびたびマスコミにも登場し、全国的には「ガンの病院」と思われている方も多い。生きがい療法は精神神経免疫学と森田療法を応用したガン・難治疾患の新しい治療法として、開発されており、当院を拠点に全国的な学習団体も組織され、国際交流も活発に行われている。
老人のリハビリテーションの充実
一方、老人分野でも着実に実績を積んできた。老人運動療怯・作業療法の施設基準を開院三年目には取得。その後、徐々にリハビリ職員を増員し、現在では、OT7人・PT3人、ST1人、助手を合わせると全部で20数人という一大職員集団になった。このリハ職員がリハ室との送迎はもちろん、どんどん病棟に入り、「介護」にも手を出したり、レクリエーションや季節行事を企画したり、入院老人の「離床」と生活活性化の推進力になってきた。
「介護力強化病院」となる
今年6月より『入院医療管理料(1)』施設基準の承認をうけた。それ以前より、付き添いに頼らない自前の介護に力を入れており、看護婦・看護学生・介護職員合せて百名を越えるスタッフが、離床・おむつ外し、チューブ外しにも取り組んでいる。特に、ベッドの高さを老人の脚の長さに合せて低くし、移動用バー・コモードチェアーなど排泄自立のための介護用品をリースして、ベッドサイドでのおむつ外しの環境づくりに力を入れている。
痴呆老人の入院ケア
『ふうせんの間』
大きな畳の間(通称『ふうせんの間』)で20名程度の痴呆老人の集団生活を行いながら、作業療法やレクリエーションを取り入れた援助を行っている。『痴呆専門病院』と称する一部の病院では、痴呆老人をいったん生活の場から切離して「治療する」あるいは「問題行動を除去する」というアプローチをとっているが、私共は、次に述べる地域ケアと入院ケアを有機的に連繋して、痴呆老人の生活を生涯にわたって授助するという立場をとっている。
地域ケア・プログラムの充実
そのため、職員は病院内に閉じ龍る事なく、どんどん地域へも出ていっている。デイケア・訪問・入院利用を組み合わせて、痴呆老人・障害老人を生活の場から離さずに援助する、地域ケア・プログラムを、ケースごとの試行錯誤の申からつくり出している。
今後の展開
現在関連施設として、12人収容の小規模ケア付き老人集合住宅を90年3月にオープンさせた。また、108戸入居の大規模有料老人ホームを92年9月にオープンの予定で建設中だ。10年間の老人分野とガン難病医療での蓄積を元に、次の10年に向けてさらにユニークで多様な展開をめざしている。
折りたたむ...老人老療ワンポイント20において猪鹿倉武先生が老人医療におけるCTスキャンの重要性について御執筆されておられますが、私も高齢の患者さんの検査にあって検査時間が短く、身体的にも精神的にも負担の少ない、有用な検査方法であるとの意見をもっております。そして、最近ではCTスキャンについで磁気共鳴イメージング(MRI:Magnetic Resonance Imaging)による画像診断が注目され、興味を持っております。
X線CTでは、X線の透過率が画像化される対象ですが、MRIでは水素の原子核(プロトン)の情報、とくに原子核密度・縦緩和速度(T1)・横緩和速度(T2)などが画像コントラストを与えます。そして、MRIの利点として、
しかし、欠点としては
このようにMRIは臨床の場に登場してまだ日は浅く、種々の点で開発の余地はありますが、各施設において頭部や骨の病変に対する画像診断の一手段としてMRIが設置されつつあります。一口にMRIといっても超伝導方式、永久磁石方式にわかれ、その機能にも、購入価格や運転費用にも大きな開きがあるように思われます。
超伝導方式と永久磁石方式を簡単に比較しますと検査に用いる磁場強度(テスラ)は永久磁石方式が0.2Tであるのに対して超伝導方式では0.5T以上の強い磁場が得られます。したがって、画質の均一性、空間分解能、データー収集マトリックスなどは超伝導方式が優れているといえます。しかしながら、購入価格では永久磁石方式が低価格であり、ランニングコストも膨大な電気を使用する超伝導方式に比べ永久磁石方式は年間40〜50万円と経済性に富んでいます。そして、設置面積をみても永久磁石方式が超伝導方式のほぼ半分のスペースで設置が可能であります。
このように高い診断能、患者処理能、将来性などを要求さ札る施設では超伝導方式MRIが、そして、経済性を追及しなげれぱならない施設では永久磁石方式MRIが適しているのではないかと思われます。そして、我々が日々携わっている老人医療においては脳血管障害、脳腫瘍や外傷などの脳器質性病変、老人性痴呆戻患、整形外科的病変に遭遇する頻度は高く、CTスキャン以上にMRIの威力を有効に活用できる領域と信じ、MRIの導入について検討中であります。『老人医療ニュース』の読者の先生方よりご意見を賜れれば幸と存じます。
折りたたむ...施設ケアから在宅へ
老人の専門医療を考える会では、昨年9月に第2回欧州老人施設訪問団を結成、天本宏会長を団長に17名がデンマークの首都コペンハーゲンを訪れた。一昨年の第1回時にはオランダ、イタリア、イギリスを視察し、寝たきりならぬ"座りきり"老人の発見、終末期医療に対する考え方の連いなどを確かめ、多々の刺激を受けた。そこで今回は、高齢者ケアの"手本"としてよく取り上げられるデンマークに目を向け、それぞれが期待を胸に飛び立った。
お伽の国の老人政策
アンデルセンの国として知られるデンマークは、ユトランド半島と大小500程の島々から成る、海に囲まれた小さな国だ。面積は九州を一周り大きくしたぐらい、酪農に代表される農業国である。九月中旬だというのに、肌寒く、雨風も強く北欧の長い冬の始まりを感じた。
到着早々、まず訪れたのはデンマーク福祉省である。ここでデンマークの高齢者政策について実務担当者ニールセン氏から説明を受けた。
デンマークの人口は約513万人、そのうち65歳以上の老人人口は79万人で約15.5%を占める。平均寿命は男性72歳、女性74歳。行政的に16の県と275の自治体に分けられ、国が所得保障サービス、県が保健・医療サービス、自冶体が福祉サービスを担っている。
デンマークが高福祉国といわれる背景には、税の高負担があり、現在、所得の約54%の負担率であるという。個人の貯蓄も大したもはなく、日本円で1000万円ぐらいの預金のある人はいるのか尋ねたところ、とんでもないと首を横に振られた。
老人対策をすすめる基本的考え方として、@継続性、A自己決定、B残存能力の活用、の3点をあげ、老人1人1人のニーズと個人の生活歴を重視することから在宅へ向けての政策の方向転換が行われている。デンマークでも当初は施設ケアを中心に老人ケアに取組んできたが、1979年の老人対策諮問委員会の設置により見直しが行われた。先の3点の基本原則を軸に、メディカル・ケアからソーシャル・ケアへの移行は、老人自身を括性化させると共に、経済的にも合理化が図られる。ニールセン氏は、「経費は少なく質は高く」と、経費の削減が目的ではないことを強調されていたが、経済的側面は在宅への方向転換のかなり大きい一因であろう。
現在、ナーシングホームのベッド数は10年前の5万床から4万8千床にまで減少、そして在宅ケアのための個人住宅の改造やケア・ハウスの建設に力が注がれている。
医療の最前線で
今回、私たちが訪れた医療と福祉の現場は、総合病院と老人専門施設がそれぞれ2箇所ずつであった。
まず、コペンハーゲン市立病院は築後130年、重厚な外観のリハビリを中心とした総合病院である。入院患者のうち、62%が2週間以内に退院、また、65歳以上の老人患者は28%を占めている。
案内いただいたヘンドリクスン医長の担当する老人病棟は60床、平均在院日数は60日。60人の入院患者のうち28人がナーシングホームの入所待機患者ということで、やはり入院が長期化傾向にあるようだ。
病室は6床室になっており、ベッドと個人用ロッカー、シャワー設備などの簡素な造りとなっていたが、廊下、デイルームなどには配色や家具の工夫が見られ、老人達はそれぞれが院内に自分の居場所を見つけているようであった。
もう一つの総合病院、コペンハーゲン大学病院は、研究・教育機関としてのモデル病院でもあり、約40の診療科で、病床数1600床、平均在院期間は8.3日と短い。
この大学病院の特徴は、入院時専用の病棟があり、この病棟で入院後24時間以内に担当科が決定されるということだ。従って、この入院時病棟のベッドは毎朝9時には空き状態にされている。老人患者で、社会的問題から入院した場合には、ソーシャル・ワーカーが面接し個々に最も適した対応がとられるよう配慮されている。
両病院とも、他医療機関、施設との相互連携の重要性を訴えていたが、なかなかスムーズにはいっていない側面も見え、日本と同じような悩みもあるらしい。
専門リハビリ機関の設置
在宅ケアを目指すデンマークでは、高齢者リハビリセンターを設置している。この施設は、老人のナーシングホームへの入所を遅らせ、同時に、入院患者の減少、経費の節減となるような、いわば中間施設的役割を果たしている。
私たちが見学したTranehavenリハビリセンターは、コペンハーゲン市の14自治区の中の1区を対象としていた。人口6万5千人の中の65歳以上人口1万6千人(24.3%)が対象人口である。高齢化が進み、特に80歳以上の後期高齢人口が増加している地域だ。
ベッド数93床、平均在院期間10日、入院患者の64.2%が80歳以上だ。入院経路は病院からが54.6%で、残りはほとんど自宅から。退院先は、自宅42%、ナーシングホーム38%、死亡15%、その他の施設3%となっている。ナーシングホーム入所の場合の平均年齢は八八歳ということから、比較的年齢の若い老人は自宅へ戻る可能性が高いようだ。
センターの治療方針は、老人のメンタル・アビリティを最大限に生かすこと、ケア・グループを確立すること、家族に痴呆について理解してもらうこと、という。入院患者の約3分の1が痴呆であり、リハビリでその約40%に軽快が見られる。
職員数は患者一人に対し1.5人が配置されているが、それでもデンマークの平均的な2.5人からすれば少い数である。
病院、施設、自宅の間にこのようなセンターが働くことによって、老人の生活を崩さないよう、もう一度在宅へ、という努力がなされている。
施設ケアも個人を重視
Peder Lykke Centretは、市との契約によって運営されている民間施設だ。利用者数は、ナーシングホーム160人、ケア・ハウス270人、一般住宅80人、デイ・ケアセンター300人のかなり大きい施設だ。7人の理事のうち4人が入所者という、利用者側の権限も大きい。
施設内に医師は常駐せず、入所者個々とGPとの直接契約になる。
ナーシングホームでは一年で約半数が死亡、ほとんどは老衰である。ナーシングホームへの入所は、老人本人にとっても人生の終末を意味するため望まれないらしい。ケアのあり方も、20年程前までは、靴の紐まで結ぶという、至れり尽せりのケアが行われていたが、結局、それでは本人も家族も施設へ頼りきりになってしまった反省から、現在では、なるべく本人の能力を活かすようにケアの中味も変わってきた。例えば、家族が「机の上が汚れている」と言えば、「雑巾とバケツはそこにありますから」と答えるようになった。
経費面では、ナーシングホームで一人当たり年間29万デンマーククローネ、ケア・ハウスでは7万デンマーククローネ。必要職員数では、ナーシングホームで一人当たり0.9人、ケア・ハウスで0.28人ということであり、この点から考えても、将来はケア・ハウスが主流になってくるだろう。
これまで私たちは、在宅中心の政策方針についての説明ばかりを耳にしてきたが、このセンターの旛設長氏から始めて政策への疑問を聞いた。それは、コペンハーゲンの住宅は古く、階段もシャワーもないといったものも珍しくない。気候も厳しく、老人の生活環境には向かないため、孤立化する不安もある。ホームヘルパーのみで賄うのは難しく、施設ケアより在宅の方がよいとは必ずしも言い切れないのではないか、という。
デンマークでも、さまざまな意見が交錯しながら、さらによりよい老人ケアを目指し真剣に取り組んでいる姿勢を見、奮い立たせられる思いがした。
在宅支援にマンパワーを
最後に訪れたコペンハーゲン市保健局は、在宅関係の保健を担当し、ホームヘルパーの派遣を行っている。
対象は市の中心部の人口47万8干人。そのうち65歳以上は21.3%を占める。老人と障害者をあわせた人口は12万8千人で、内訳で施設入所者が5千人(3.9%)、ホームヘルパーの対象者が2万8千人(21.9%)となっている。
ホームヘルパーの活動組織は、1人のリーダーに25人のヘルパーと8〜9人のナースが一グループとなっており、リーダーが病院やGPと連絡をとりながら動く。勤務時間はヘルパーが7時から24時、ナースは24時間体制である。
ヘルパーの教育も今年から大きく変わり、これまで七週間の基礎教育のみであったものが、学科16週、実習31週、休暇5週、計1年間の教育となり資格制度が設けられる。これまでも市の職員であったが、給与、年金等についての待遇改善も行われる。現在、ホームヘルパーをしている者は18〜20歳の就職待ちの若年層が中心で、その質が問題となっていることから、地位の向上を図り人材確保に力を入れることになったようだ。
職員数は、老人10万人に対し、ホームヘルパー4500人。一人のヘルパーが平均老人7人を担当し、訪問時間数は老人一人に対し平均週5時間となっている。わが国と比べ豊富なマンパワーを投入することによって、組織的に活動している。
おわりに
今回、デンマークの実際の老人ケアに触れる機会を得、素晴らしいデンマークと、深刻な老人問題に取り組むデンマークの両面を見ることができた。
デンマークは人口500万人余りという小さな国だけに、まとまりもよく、方向転換も早い。そして、平等であることに感心した。しかし、これからは平等で質の高いサービスに加え、さらに個人のニーズにどう応えていくか、が目指すところとなるのだろう。
施設設備は、照明器具が特に印象的であった。間接照明の明かりがやさしく、デザインが酒落ている。テーブルごとに明かりをつけるなど、どの施設でも照明の使い方が目についた。居室には個人が長年愛用した家具が持ち込まれ、また、デイルームや廊下に置かれた椅子なども、老人の年代のものが使われている。鉢植やクッションなど、細やかな心配りが馴染ませてくれる。日本には日本の生活環境があるが、寂しいことに設備はまだまだお粗末である。
これからは在宅ケアを考人ケアの基本に、ということであったが、コペンハーゲンのような都市部ではまず住宅間題を解決していかなければならないだろう。そして、日本など足元にも及ばないマンパワーが投入されているが、それでもなお量と質の課題を抱えている。また、施設長氏の疑問のように、本当に在宅がよいのか、との意見もあり、さらに検討を重ねていく必要もあろう。
デンマークで感銘を受けたのは、何と言っても民主主義が徹底していることであり、すべての個人を大切にしようとしていることである。歴史的に同居率が低いことや、また他国に隣接した小さな国であることが背景にあるのだろうが、お互いにカを出し合い頑張っていくぞ、という意気込みが感じられる。老人ケアに向ける姿勢がよい。
デンマークも日本も、どこまでいっても試行錯誤の繰り返しであるが、よりよい老人ケアに限りはなく、それぞれの国に最も適したあり方を求め続けていかなけれぱならない。
折りたたむ...2月12日、老人保健法改正法案が国会に提出された。この法案は、一部負担、公費負担割合の引き上げと老人訪問看護制度の創設が三本柱になっている。
一部負担の引き上げは、患者負担増になるため、全面的賛成とはいえない。しかし、昭和61年の前回改正時点で患者負担比率は、約5%程度であったものが、平成2年度は3.4%程度に低下しているといわれれば、老人医療費財源の健全性という観点から、全面的反対もできない。
それでも、入院が400円から倍の800円というのは、あまりにも急激であろう。月に12000円が24000円になるが、これも特別養護老人ホームの平均費用徴収額が月24000円といわれると、老人ホームより病院の方が安いままでいいわけがないようにも思う。
公費負担割合については、老健施設と入院医療管理料導入病院(七五三病棟)の費用の5割までを公費負担とすることで、財政基盤が安定化するのであれば、歓迎すべきことである。ただし、公費負担が増額されて「金も出すが、口も出す」というのであれば、若干の警戒も必要だ。
老人訪問看護制度については、全面的に賛成したいが、訪問看護ステーションの承認が全ての老人専門病院に円滑に進められることが最低条件である。老人の長期入院が問題であれば、老人専門病院に訪問看護の旗印がなくてはならないであろう。
咋年の4月1日の診療報酬改正で七五三病棟制度が、これまでの当会の主張を全面的に取り入れることによって創設されたことは、高く評価したい。昨年の12月15・16日に京王プラザホテルで、本年2月16・17日に都イン東京において開催されたワークショップにおいて、753制度の問題点や今後の当会の方針が決定された。(詳細については、次号で報告予定)
20時間におよぶ、参加者の真剣な討論は、わが国の老人医療を自らの手で守り育てようという姿勢が鮮明となり、実り多いものであった。
一部の医療産業界の専門マスコミが「薬が3分の1になり、検査も半分になった病院がある」という報道を流し、病院界、医療界の中にも「老人病院がいい思いをしている」という意見も耳にする。薬や検査は、確かに減少したが「薬づけ、検査づけの事実」は否定しようがないし、それが適正化されたのであれば、むしろ高く評価すべきであるのに「減ってこまる」人々に配慮するような報道には、不愉快である。また「いい思い」に対する反論を、山のように提出することは可能である。
問題の本質は、病棟制度によって、老人や老人専門病院職員が幸福になったかどうかの一点に集中されるべきである。だれもが幸福にならない制度は、決して長続きしないし、最大多数の最大幸福という19世紀のベンサム主義が政治学・行政学の基本的姿勢として、今日でも通用することを否定することはでき ない。
われわれは、今、老人医療のパラダイム・シフト(枠組み変更)の渦中にあることを、強く認識している。行政も、医師も、経営者も、国民もこのシフトを幸い多いものとするために努力すべきであって、単なる短期的利害や好き嫌いの短絡的論議は、害にこそなり、なにも有益な結果になりえない。
逆の見方をすれば、社会変化に対して、その枠組み(制度など)自体に変更をすることが必要な時代ということになる。人のいのちや環境を守り育てることが人としての努めであるように、老人医療や福祉を守り育てる尖兵でいたいと思う。
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