老人医療NEWS第109号 |
我が国では高齢者に対する医療行為について多くの医療従事者が疑問を抱きながらも、目先の出来高診療報酬へと流されていった反省すべき老人医療の歴史がある。この状況を打破するべく当会の初代会長天本宏先生や二代目会長を務められた大塚宣夫先生等が強力なリーダーシップを発揮され、終止符が打たれたことが思い出される。
その後、医療中心の出来高制老人医療制度から介護サービスも兼ね備えた定額制の介護力強化病院へと移行し、更に療養環境を整えた療養型病床群など幾多の変遷を経てようやく誕生した療養型病床である。介護療養病床廃止となれば医療管理が必要な高齢者は医療区分や病状に従い医療療養病床や急性期或は亜急性期病院へ入院することになる。そうなれば疾患だけを対象とした医療レールに乗ることになり、その延長線上でターミナルを迎えることになるだろう。ある意味で医療区分という振り分けは上限が設定されている出来高診療報酬と同じであり、このままでは20年前の状況に逆戻りする可能性すらある。当院でも医療区分導入直後から胃ろう・IVH・気管切開などの医療管理を必要とする入院依頼が増加している。急性期病院は診断・治療という医療機能が中心であり、受け皿さえあれば、戸惑うことなく医療行為だけに専念できる。行政は財政難を理由に挙げるが、経済的な試算をしてもどちらの方が費用が嵩むのかは明白であり、制度上介護報酬で支払われている介護療養病床を廃止しても医療費抑制に繋がることもない。
これから年間死亡者数は倍増するが、特養・老健で看取り業務を行うには医療スタッフの基準が脆弱過ぎる。我が国では看取りや終末期のコンセンサスは得られておらず、そのような中での看取りには、大変な危険が潜んでいる。看取りや終末期の文化を成熟させることが先決である。例え重度の認知症や意識障害の方でもゆったりとした療養環境の中で必要に応じて医療と介護サービスが提供され、穏やかに終末を迎えられるのが介護療養病床であり、他のでは代用できない役割が存在することを再度強調したい。
今年2月に療養病床の転換意向の確認に関する書類が病院に届き、6月にも同様の書類が届いた。更に7月には厚労省保険局と老健局の共同で医療施設と介護施設の実態調査があった。この調査は、全ての医療・介護現場の現況調査であり、今後の方向性を決める基礎資料になると記載されている。いずれにしても療養病床再編が24年度末に迫ったこの時期に繰り返し行われる転換意向・現況調査である。猶予期間があるとはいえ、唐突に介護療養病床廃止、医療療養病床削減を決め、再編に向けて露骨なまでの政策誘導を示したが、当初の思惑通りには転換は進んでいない。厚労省内でも介護療養病床廃止には慎重論が多くなっていると聞くし、現在は民主党政権が誕生している。24年度末に迫った療養病床再編は「やり直し」である。
折りたたむ...平成7年の第36号に執筆して早15年の歳月が流れた。平成13年に有床診療所を開業し、施設医療から離れ、現在は在宅医療の立場から老人医療を見る立場になった。ともかく平成7年当時は制度上、やむを得ず劣悪な状況であった老人病棟から現在の療養病棟に近い介護力強化病棟への移行期でもあり、同時にケアプランの黎明期でもあった。老人の専門医療を考える会でも平成12年の介護保険施行へ向けて、仲間で大いに議論し合ったのが、この頃であった。以来、高齢者の施設医療・介護は量的、質的にもかなりの成果を上げたと思う。しかし、患者が望んでいると言われて久しい在宅医療はいささか遅れている印象は否めない。その中で、施設を中心とした老人医療は在宅医療とのバランスシートの中で、次なるターニングポイントを迎えているように思う。
今回は在宅医療の現場から見た雑感を箇条書きにしてみた。
平成15年春のことである。私の運営する病院の介護療養型医療施設60床の病棟の改修が終了した。改修前は、病室、廊下、ステーション、共同トイレしか存在しない手狭な病棟であり、面会室やデイルームなどのスペースは全くなく、利用者の居場所は、病室のベッドの上という悲惨な状況であった。平成12年介護保険制度発足と同時に、医療療養病棟から介護療養病棟へ変更した病棟であったが、ソフトもハードも介護療養病棟として特色ある医療・ケアを行わなければと当時考えていた。
1フロア60床の病棟を、40床と20床の2フロア5ユニットへの改修を行った。1床あたり療養室8.0平米など構造的な施設基準は、老人保健施設の基準をクリアーしているが、改修であるが故、全室個室には至らなかった。病室の床は畳とし、各ベッドの境界には、間仕切りとして開閉可能な和風の扉を施し、閉めれば個室風、開ければ多床室となる工夫を施した。利用者の閉塞感を防ぐため、扉の上部の欄間の部分は開放とした。 利用者の平均要介護度は4.5の病棟ではあったが、器械浴を撤廃し、檜の個人浴槽に全面的に切り替えた。十数年前になるが、私自身の入浴介護を学んだ経験から、的確に技術を習得すれば、重度の方であっても器械浴は不要との確信を得ていた。現に、新設や既存の改修においては、器械浴を導入することなく、次々と個人浴槽へシフトし、マンツーマン入浴ケアを実践している。もちろん、現場職員の情熱によって支えられている事は言うまでもない。ケアの体制は、ユニットケアとしており、全職種が私服で利用者と食事を共にするなど個別ケアに励んでいる。
まだ、ユニットケアを試み始めて間もない改修後1カ月ほどが経過した頃、この介護病棟で驚くべき現象が起きた。胃ろう処置を施されている寝たきりの患者3人が自分の口から食事を食べることができるようになり、胃ろうが抜去されたのだ。典型的な廃用性症候群の事例である。即ち、球麻痺、仮性球麻痺をきたすような脳血管障害などは、元々存在していなかったのである。特別な摂食機能療法も行うことなく、毎日ベッド離床し、リビングで生活するといった生活リハビリが繰り返されただけのことであった。
経営者の私としては、この3人の方々は、土下座をしてもすまない申し訳ない気持ちでいっぱいであった。たった一度の貴重な人生に取り返しのつかないことをしてしまったと猛反省しきりである。常々私自身、ケアはハードよりソフトの重要性を唱えてはいるが、療養環境のなせる技を痛感させられた出来事であった。この方々が何らかの合併症を生じ、長期間の経管栄養という理由で、ターミナルコースに巻き込まれることを考えるとぞっとする思いである。
翌年の平成16年4月には、設計から建築に深くかかわり、アメニティーを取り入れた全室個室ユニットケアの老人保健施設を開設した。今、ユニットケアには様々な議論がある。低所得者が入居できない、建築コストが高い、個室によるケアはいかがなものか等々である。確かに低所得者対策など講じるべき重要な課題もあるが、いつも感じることは、なぜケアの質についてもっと論じられないかということである。個室ばかりに目が行きがちであるが、個別ケアを行うための良き手法がユニットケアであり、個別ケアの実践がユニットケアの生命線でもある。個室もプライベートゾーンとして確立することが重要で、決して引きこもる場ではなく、ユニットケアは、認知症ケアにも有用性が高い。
国民は、質の高い個別ケアには負担をするはずであるし、一方で全室個室であっても、質の良くないケアには誰もお金を払いたくないものである。ソフトとハードの奏でるハーモニーを色々と考えさせられる今日この頃である。
折りたたむ...7月28日、東京都足立区内で101歳の区内最高齢者の遺体がみつかった。この事件を端緒に全国の100歳超老人の確認作業が進められている。今のところ新聞各社の独自集計として約100人前後の行方がわからない。
人間関係の希薄化だとか、家族の断絶、地域の崩壊などといわれるが、未確認の100歳超老人がかなりいることは確からしい。
市区町村は、どのように確認しているのかよくわからないが、新聞報道などから、
厚労省は、85歳以上の年金受給者840人をサンプル調査することになっているが、今後、85歳以上の全員の安否確認が必要になるかもしれない。
本人が死亡しても家族が年金をネコババしている。本当に行方不明のまま放置されてきた。あるいは、親子、家族、親族との人間関係が、なんらかの理由でなくなったなど、いろいろなケースが考えられる。ただ、100歳超となると、生涯未婚、夫婦のみで死別か離婚、子どもがいない場 合、いたとしても子どもがすでに他界などといったこともある。家族がいる場合でも、何年間も音信不通という場合も少なくないであろう。
我々の病院の入院患者さんの中にも100歳超の方は決してめずらしくないばかりか、10名以上100歳超の入院患者がいる病院もある。お一人の人生には、物語があり「家族みんなが仲よく暮らしてきた」という人もいれば、「だれとも仲よく暮せなかった」という人もいる。ただ、超高齢者の孤立化、孤独化という世相は、病院の窓からでもよくみえる。
国立社会保障・人口問題研究所の統計資料によると、2030年の時点で、男性の生涯未婚率(50歳時の未婚率)は29%、女性は23%と推計されている。つまり、今後とも未婚化が進行し、単身世界が急増するということである。生涯未婚のまま単身高齢者になり、傷病や障害により医療や介護が必要になる人々と、それ以外の人々では、我々のケア対応に差が生じるとは考えられない。
しかし、未婚単身の患者さんは、我々も家族をあてにできないことになるし、在宅復帰を考えるとより困難が生じるであろう。つまり、家族がいるのが当り前という前題から、単身独居者の方がいずれ一般的になるということだ。
こうなると改めて我々の責任が今以上に重くなると考えざるをえない。まず、患者さんの人権や尊厳に対する一層の配慮、成年後見制度の活用等に関する専門的対応。つぎに、治療方法や治療内容への説明と同意から治療後や在宅復帰あるいは死後の対応についての事前の意思確認や、なんらかの事故への対応。さらに、入院中の心理的援助などに関する特別な対応も必要になるかもしれない。
単身独居老人で入院が必要な患者は、いやないい方ではあるが、社会的弱者といわざるをえない。こうした入院患者の最晩年のケアを担当することになる我々の責任は重い。ただ、我々は、老人専門医療への高い志と、技術を駆使したチームケアを提供しつつ、このような入院患者さんの生涯の生活に配慮した総合的ケアによって、たとえ単身独居老人であっても安心で安全なケアが確保されていることをアピールする必要があると思う。
100歳超の入院患者さんを在宅復帰させることは、これからも至難の業であるが、我々は家族や地域の変容にこれからも対応して行きたい。
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