老人医療NEWS第108号 |
東京郊外で老人病院を開設して三十年が過ぎた。当初より、一貫して掲げてきた目標は「自分の親を最後まで安心して預けることが出来、見送ったあとに満足感の残る施設をつくる」であった。病院と銘打ち、医療保険や介護保険を使いながらも、実態としては人生の最後の二〜三年、いわゆる最晩年を過ごすための生活の場であり、そこに入っている人が必要とするから介護機能、医療機能もしっかり備えるといった、一言でいえば医療のしっかりついた老人ホームといったイメージの施設である。
今までに見送った高齢者は約五千人、このなかには私の実母、義父も含まれている。国の方針には沿っていないことの方が多かったが、一部の人たちからは、それなりの評価を得てきたと自負している。
私が掲げてきた目標は、患者様本人というよりは、家族の視点に立ったものである。誤解を恐れずに云えば、私の病院の場合、真の顧客は家族である。なぜなら、諸般の事情からまず施設に預けようと思い、数ある施設からここを選ぶのは家族であり、運営に不足する分を補填してくれるのも家族である。さらに預けた後に私達への評価を下し、社会に伝えてくれるのも家族だからである。
しかし、ここ数年、思い悩んでいることがある。それは、患者様本人の望む最晩年生活と家族が病院に求める患者の生活との間の大きなギャップについてである。
日常の生活についていえば、家族が病院に求めるのは世にいう規則正しい生活である。親あるいは伴侶の良いイメージを保ちたいとの思いもあってだろうが、朝はきっちり起こし、日中はベッドから離し、少しでも多くリハビリに出し、夜はしっかり眠らせて欲しい。食事は毎回全量を摂取させてくれ、いつも身ぎれいにして、オムツを使うなら頻回に取り替えて欲しいということになる。病院の職員もその実現に神経をすり減らす。
しかしである。自分が年齢を重ね、体力も気力も衰えた時に本当にこんな規則正しい生活を望むのであろうか。日によってずっと寝ていたい時もある。体調に関係なくおなかの空かない日もあるだろう。お風呂もおっくうでたまに入れてくれればといった人もいる。リハビリに至っては楽しければともかく、そんなにがんばってその先何をせよというのか。
こう考えてくると家族の期待に応えるために患者様本人が望まないことでも、あるいは本人の意向にはほとんどおかまいなしに行われていることが少なくないと気がつく。
これが医療となるともっと深刻である。この先にまったく期待がもてなくても、別れるのがつらいからお母さんには少しでもがんばって生きていてもらいたいという息子や娘がいると、自分だったら絶対してもらいたくないと思いながら後難をおそれてそれに応えざるを得ないのが現場の姿である。
家族の意識、ひいては社会の意識を変えないと私たちの豊かな最晩年も難しいかもしれない。
折りたたむ...平成二〇年春に老人医療の質の評価プロジェクト委員会が発足し、十三病院の委員会の先生方の努力と熱意により、八項目の「慢性期医療の臨床指標」が作成されました。この指標は多彩な病棟で共通して使える指標となっており、約二〇病院の協力にて三ヵ月毎に評価することで平成二一年四月から一年間、計四回運用してきました。
日本慢性期医療協会でも一〇大項目六十二細項目からなる「日本慢性期医療協会の慢性期医療のクリニカルインディケータ」を二年かけて完成し、なんと今年五月から客観的評価システムもとり入れ実施されるようになりました。慢性期医療の質の評価が、かなり注目されてきているように感じます。
しかし、両団体の臨床指標の名称が似ており、間違いやすいと考えたことから、平成二十二年四月から、老人の専門医療を考える会の「慢性期医療の臨床指標」を「老人専門医療の臨床指標」と名称変更させていただきました。その結果、当会の特徴を表した表現になりました。
老人専門医療の臨床指標
八項目内容
1.経口摂取支援率
重症化しても口から食べることの重要性
2.リハビリテーション実施率
廃用予防
3.有熱回避率
誤嚥性肺炎、尿路感染症等の回避状況
4.身体抑制回避率
尊厳重視
5.新規褥瘡発生回避率
褥瘡予防
6.転倒転落防止率
安全配慮
7.退院前カンファレンス開催率
退院前の準備状況
8.安心感のある自宅退院率
安心して退院できた状況
以上の八項目を三ヵ月毎に各病棟での評価を行い、患者、家族の方々の笑顔に結びつくよう、そして職員のやりがいに結びつくように業務改善を行うツールとして利用していただきました。
現状では、半数以上の評価項目は八〇から九十八%の高評価であり、病棟間のばらつきもなく運用されてきました。しかし、集計結果にばらつきの多い指標がいくつかあるため、平成二十二年五月二十九日当委員会の病院で指標結果を提出されている一〇病院の、実際に集計を行われている方々を中心に集まっていただき、指標結果のばらつきの原因を分析し解決しました。今後は、修正した評価に変更し運用していきます。このような検討を年一回程度行っていく予定です。
今後の方針は、当会の指標を利用して、実際に業務改善され、患者・家族の方々の笑顔や、職員のやる気・生きがいに結びついた取り組みを、評価に参加されている各病院・病棟から発表していただく場を作っていきます。他の病院・病棟での取り組みや業務改善を共有化することにより、さらに「老人専門医療の臨床指標」が有意義であることがわかり、評価を継続していく原動力も増していくと考えています。
また、今後、さらに医療の質が注目されていくと思われますが、高齢化最先端の日本から世界に向けて「老人医療の質評価」を発信していきましょう。
折りたたむ...先日、私の外来に高脂血症の四〇歳代男性の患者が受診しました。一〇分近く病状と生活習慣での注意点について説明したところ「先生の話の内容は三割も理解できません。コレステロールってなんですか?もっと分かりやすく説明してください」と言われてしまいました。
コレステロールといえば、現在ニュースや新聞、雑誌でも使用頻度が高く、一般に用いられる医療用語であります。そう思っていた私ははっとさせられました。当たり前のことではありますが、私は日常の診療にあたり、患者・家族に病状説明をする際には、極力専門用語は避けて分かり易く説明するよう心がけています。ただ医師である自分が分かりやすく、と心がけているのには限界があることに気づかされました。
平成二十一年三月に国立国語研究所「病院の言葉」委員会から『「病院の言葉」を分かりやすくする提案』が発表されました。この報告書は医療の専門家への提案です。病院の言葉は分かりにくいという声が大きく、国民の八割を超す人たちが「医師が患者に説明するときの言葉には分かりやすく言い換えたり、説明を加えたりして欲しい」と答え、そこから提案されたものだそうです。
その中には認知率の低い言葉としてイレウス一二・五%、HbAlc二七・二%、ターミナルケア三二・七%、虚血性心疾患四二・三%など日常診療で多用する言葉が続きます。患者が意味を取り違えている例もあり、言葉の意味の混同や混乱が多いものとして、貧血は「急に立ちあがったときに立ちくらみを起しめまいがすること」との誤認識が六七・七%、ショックは「急な刺激を受けること」四六・五%、合併症は「偶然起こる症状のこと」三一・一%と字面や語形から別の意味を思い浮かべたりするものが多く見受けられます。認知率が六〇%以上の言葉で、理解率が低いものでは、ショックが認知率九四・四%で理解率四三・四%、ステロイド九三・八%で四四・一%、頓服八二・六%で四六・九%、ウイルス九九・七%で六四・六%と並びます。医師から説明をうけ、言葉を知っているだけで頷いてしまいますが、実際の内容は理解していないケースも多いのではないでしょうか。
病院の言葉の中には、患者・家族が理解する必要性が高く、病状説明やインフォームド・コンセントなどで使わなくてはならない言葉もあります。言葉の理解が欠けることで「説明と同意」の間にあるべき「患者の理解」が抜け落ち、誤解を生じたり、トラブルの原因になる場合もあります。特に高齢者の患者では聞きたくても聞けない、言えないという状況のように感じます。「患者主体の医療」がうたわれていますが現状では医療従事者と患者には言葉の認識のずれがあり、医療現場でうまくコミュニケーションがとれていないようです。自分の病気、病状を知ろうとしない、医師に任せるだけの患者が多くいるのも事実です。今後、病院の言葉を分かりやすく説明することにより、病気・病状を理解して情報を共有化し、ずれを少なくして上手くコミュニケーションを図ることで、患者主体の医療に変わってくるのかも知れません。
先日、生命保険に加入するため担当者から説明を受けました。全く知識のない私は保険の種類の多さと専門用語に困惑し、理解に二時間を要しました。担当者の分かりやすい説明と誠実な姿勢に頭が下がる思いでした。医療はごく身近でありながら、理解し判断することが難しいものです。どのような場面でも人と人はコミュニケーションにより成り立ち、その主要な構成要素は「言葉」です。これを機に、可能な限り分かりやすい言葉を慎重に選択し、患者に納得してもらえるよう日々精進して参りたいと思います。
折りたたむ...高齢者の住まいが多様化している。高専賃や高円賃などと呼ばれる高齢者住宅も言葉として普及するようになった。今年五月二〇日から、改正高齢者居住安定確保法が施行され、これまで一戸二十五uであったものが二十一・六u以上に基準が引き下げられた。
高齢者居住安定確保法は「高齢者住まい法」という名称で、高齢者の入居を拒まない賃貸住宅を普及させる目的で「高齢者円滑入居賃貸住宅(高円賃)と高円賃の基準を満した上に専ら高齢者を賃借人とする賃貸住宅(高専賃)がある。高円賃自体は、賃貸住宅であって、別に居間、食堂、台所、トイレ等が共同であれば十八u以上の規定とされている。
今回の高円賃基準の引き下げは、大都市圏の高齢者賃貸住宅不足が原因であることは明らかであるが、国が基準を引き下げるということ自体めずらしいことである。地価が下がってきたとはいえ、大都市部の賃貸住宅物件の価格はあまり低下しない一方で、高円賃はあまり普及していないという現状がある。
高齢者住まい法が、高齢者の多様な住まいの普及を目的としており、介護保険施設や一部の病院のベッドが「高齢者住宅」化することがないようにすることも目的であることは、充分理解することができる。また、賃貸住宅と各種居宅サービスを組み合わせることで、施設入居者の抑制をはかりたいという意図もわかる。
しかし、特養の待機者対策としてどこまで有効な施策であるかどうかについては、いましばらく時間がかかるといわざるをえない。介護保険施設利用者の重度化や医療との関係を考えてみると、賃貸住宅と居宅サービスの組み合わせで「住居」で住み続けられる高齢者が多数いることも確かである。他方では、二十四時間三六五日のサービス提供が確保されていない状況では在宅は無理という利用者も多数いる。
高齢者の多様な住まい形態と多種重層的な在宅ケアサービスの組み合わせにより、それこそ多種多様な住まいとケアのあり方を机上で考えることは容易である。ただし、全国一律にサービス自体を展開することも、高円賃を普及させることも、かなりの努力が必要である。
四月十六日長妻厚労大臣は「特養のユニット居室面積を一三・二uから一〇・六五u以上に変更することを指示した。今後、介護給付費部会の意見を聴いて省令改正することになるのであろう。今回の決定が、高円賃と同様の背景があることは明らかである。しかし、これまで政府も厚労省も「二〇二五年までに介護保険施設の五割、特養の七割を個室・ユニット化する」と強調していたことを考え合せると、コロコロ変わる基準変更にとまどうばかりだ。
少し古い数字になるが、特養の個室ユニット施設は全体の二七・一%、入居室員の二一・二%であり、このままでは二五年に七割という目標は達成できない。そればかりか、特養の待機者は四十二万人ともいわれ、特養経営者の中でも個室化に反対している人々も決して少なくない。
個室ユニット化施設については、低所得者でも利用できる「補足給付」を実施しており、療養環境の差が実質的に自己負担に反映されないという状況もあるが、どう考えても介護保険施設の療養環境整備の基本がブレているように思えてならない。
病院であれば、個室等は利用者負担だが、差額自体を一定割合しか認めないという規制があり、介護保険施設では個室化を促進しているものの現場の対応は、マチマチという状況にあるといえるだろう。
政権交代で先が読めない時代だが、高齢者ケアの療養整備の基本について、政府も厚労省も明確な方向を再度示すべきであるといいたい。
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