こぼれ話

老人医療NEWS第106号

老人の専門医療・・・ への挑戦

笠幡病院  院長 福留健之

初めまして。笠幡病院の福留です。私は、昨年「老人の専門医療を考える会」に入会の承認をいただいた新参者です。
約九年前、それまで大学病院の麻酔科で日々麻酔とペインクリニックの研鑽を積む毎日から突然老人医療の世界に飛び込みました。全身の管理という意味では、それまでの麻酔科的な仕事と共通する事柄も多いと考えていました。しかし、当然のことですが、そんなに容易いことではありませんでした。
老人は多くの持病や既往歴を持っているものです。初めにこれをきちんと把握しておかなければその後の治療に失敗します。また、メンタル面でもプライドの高い方や当初から医療を信頼せずに全くお話をしてくれない方、逆に何時会っても嬉しそうに話しかけてくれる方等、千差万別です。
そこで私はまず、朝一番にすべての病室を回ってすべての患者さんに挨拶をすることから始めました。数日間はほとんど反応がなく、冷たい視線に耐えていました。それでも、一ヶ月二ヶ月と重ねていくに従って、徐々に心を開いてくれる患者さんが増えてきました。その結果、会話ができないと思い込んでいた人が普通にお喋りすることが出来たり、四肢の拘縮が進んで全く体動が出来ない寝た切りの方が突然「おはよう」と声をかけてくれたり、日々新しい発見があります。
老人医療を担当する医師は、すべての領域において精通している事を要求されます。たとえば、皮膚科や整形外科的な病状であっても、その都度他科受診が出来るはずもなく、主治医となったからには、すべての症状に対して適切な治療が出来るスーパーマン的な医者が必要という厳しい職場である事も分かってきました。無論、そこには看護師やリハビリ師など多くの専門職の助けが必要なことは言うまでもありません。
当院の特徴の一つに痛みの治療ができる事があります。高齢者は、口には出さなくても何らかの痛みを抱えているものです。「痛み」は、約三〇年前まで正当に評価されていませんでした。外見上異常がない場合は、「痛いはずはないので我慢しなさい」と医師に叱責されていたのです。その代表がヘルペス後神経痛です。ヘルペスは全身いたる所に発症しますが、発症当初の皮膚症状は十日もすると跡形もなく治ってしまいます。しかし、痛みだけが残存するという厄介な病です。特に、高齢で発症するほど痛みが残る確率が増します。これを正しく評価しないと、胃潰瘍・不眠・うつ症状など種々の症状を併発して、痛みの悪循環を形成してしまいます。
患者さんはそれまでほとんど諦めていた痛みに対して、治療を始めましょうという姿勢を見せるだけで、涙を流して喜んで頂く事があります。私たちは痛みをとる為には何でも行います。例えば、投薬治療(消炎鎮痛薬、向精神薬、抗うつ薬、麻薬系薬剤等)・漢方治療・中国針治療・神経ブロック治療など、考えられる治療は形振り構わず使います。療養病院で勤務し、ペインを学んできたことを大変有り難く思っています。特に、癌性疼痛の患者さんを診る機会があると、不謹慎ですが大いに意欲がわいてきて、全く痛みなく看取って差し上げようという気持ちになります。但し、医療スタッフや病院の設備の関係から、本格的な緩和ケア病院としての登録はまだ出来ていません。
当院の周辺には、私にとって誠に有り難いことに、慢性期医療を専門とするベテランの先生が多く、大変心強い限りです。これからも出来る限りこの身を老人医療に捧げてゆく決意です。「患者様第一主義」を貫く笠幡病院をこれからも何卒宜しくお願い申し上げます。

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老人の専門医療を考える会 JAPAN ASSOCIATION FOR IMPROVING GERIATRIC MEDICINE