こぼれ話
|
老人医療NEWS第105号 |
老人医療再考
医師になって二十六年になるが「老人医療とは何か?」と問われると、これまで診療に当たった患者さんの半分以上は高齢者(老人)であるのに確たる答えを持っていない。と、いつも思う。
研修医からかけ出しの外科医の頃は手術適応の患者さんが七〇歳以上の場合、心肺機能、腎機能、肝機能、栄養状態、総合的な全身状態を評価し、手術リスクをはかりながら手術可能か不可能かをまず診た。まずと言うより全てであった。術後は全身管理と合併症併発予防に努めた。全身状態が落ち着き外科医としての治療が終わり退院を告げる(少し誇らしい気分で)。
体重が減少したまま、まだふらつく、食事が充分取れない、歩けない等いわゆる廃用症候群の状態であっても、そんな認識はなく、口には出さないが「家に帰って寝ているなり、少しずつ動いて元に戻すなりして下さい」という感覚であった。
その後家業の鵜飼病院を週一回手伝い八年目で常勤医になった。当時二八〇人の入院患者さんのうち急性期一般の患者さんは五〇人程度、後は長期入院患者さん。手術件数はめっきり減り、長期入院患者さんを多く診るようになった。
脳血管障害以外の高齢者で寝たきり状態、褥創あり、四肢拘縮、の患者さんを診て、自分が今まで手術した患者さんのなかにも寝たきりになって、家へ帰れず病院を転院してこうなっている人もいるのだと解った。ある患者さん(高齢で寝たきり、下肢拘縮、気管切開、経管栄養)にリハビリを行ったら、半年後には食事は自立、車椅子自走まで回復し退院した。それを目の当りに見てリハビリの価値と感動を覚えた。
平成十二年鵜飼リハビリテーション病院を開設し、脳血管障害、廃用症候群、大腿骨頚部骨折の患者さんの回復期リハビリテーションに従事している。患者さんの八割以上が高齢者(老人)になった。
廃用症候群を理解し、早期からのリハビリテーションの必要性を強く感じ、患者さんの機能回復とADL能力を再構築し、自宅へ帰ることができるように努めてきた。
退院後は慢性疾患の治療と維持期リハビリテーションを続けるために診療所や介護保険サービスと連携し自宅での生活を支援できるようにしている。
チームアプローチの重要性にも気づいた。医師のみで患者さんを診れないことは解っていたが、チーム医療と言いながら医師としての治療が終ると「後はお願いします」とコ・メディカルスタッフへ丸投げをしていた。しかし回復期リハ病棟に従事してチームアプローチができるようになった。
回復期リハ病棟ではADL能力を出来る限り回復させ自宅退院を目指す。入院時から患者さん・家族にチームで接し、退院までに本人・家族の安心、納得、また介護保険の導入、環境調整、ケアプラン作成へのサポートを行う。これらは繋がっており退院後の生活の質を左右する。またチームの協業が不可欠で単独職種、一人ではできない。
これまでを振り返ると、「病を診て患者さんを診ず」といった駆け出しの頃に比べて、患者さんが生きてきた軌跡に敬意をはらい、その人らしい生活を思い、家族の状況を理解し可能な中での解決策を考えるようにはなってきたと思う。
武見太郎先生は「医療は医学の社会適応」と言われたと聞くが、いろいろな事情をかかえた患者さんの背景もふまえた治療、また問題解決にも少なからず関わることも医療とすれば、老人医療はその密度が一番濃いものだと感じる。
これからも患者さんの背景を含む全部を診る力を養っていきたい。