こぼれ話
|
老人医療NEWS第104号 |
今、生きること
今から五年前、七〇歳代の娘さんに連れ添われ九十二歳のKさんという女性が当院に入院された。数年前から両膝痛があり、最近痛みが強くなり、歩けなくなってきたとのことであった。レントゲンでは両膝とも変形が著しく、どちらも人工関節の適応と考えられたが、高齢ということもあり、しばらくリハビリをしながら様子を見ることにした。
しかし、その後も痛みは変わらず、関節内注射、物療など様々な治療を試みたが、歩行訓練すらできない状態が続いた。入院から約四ヶ月後、現状と今後の退院先のことなどについて本人と家族に説明したところ、予想外の返事が返ってきた。
手術でもなんでもいいから、とにかくこの痛みを取って、もう一度歩かせて欲しいと。九十二歳というだけで、当然リスクは高く、たとえ手術をしても歩けるという保証もない中、Kさんにとってどれだけ意味のあることなのか確信が持てず、正直、私はかなり悩んだ。しかし、話しをしていくうち、いつ死ぬか分からないが、どうせ生きていくなら精一杯生きたい、このまま悔いを残したまま死にたくない、という気持ちがとてもよく伝わってきた。結局、お互い腹を括った上で、絶対よくなろうという共通の強い意志のもと、手術を行うことにした。まずは右膝を、そして三ヶ月後左膝の手術を行った。
入院期間は十一ヶ月に及んだが、独歩が可能なくらいにまで回復し、退院する時は病棟スタッフ全員に見送られながら、嬉しそうに病院を後にしていった。私はKさんの半分に満たない齢であったが、そんな姿を見てとても誇らしい気持ちになれ、心の底から手術をしてよかったと思った。九十七歳になった今でも、週一回ゲートボールをするなど、相変わらずお元気で、八十歳代の方々から尊敬の眼差しを受けながら、楽しく療養生活を送られているとのことであった。
話は変わるが、昨年十一月六日、当法人の専務理事であり前院長であった私の兄が急逝した。患者さんのご家族と面談している最中、「人はいつ死ぬかなんて誰も分からない」と話をしながら、すぅっと意識を失ったとのことであった。私が駆けつけたときにはすでに心肺停止の状態であり、急いで蘇生を試みるも、その後一度も息を吹き返すことはなかった。享年五十八歳であった。ずっと大動脈炎症候群という病を抱えながらも、ある時期から一切薬を飲まず、好きなタバコも酒も止めることなく、仕事ではいつも外来で患者さんを相手に大声を出して、説教したり、笑ったりしていた故人ではあったが、誰に対しても真っ直ぐ向き合い、また相手のことを常に第一に考えるような、とても人情味にあふれた人であった。
「生きることと病気は無関係であり、今、生かされていること、今、生きていることが有り難いことであり、そのことを大切に支えていきたい」。その言葉通りの生き方をまさに実践した人であった。亡くなった時、周囲は一時とても辛い思いをしたが、仕事中にポックリ逝けたら本望だと生前に話していた故人にとって、病気に振り回されることなく、精一杯生きてきた人生はとても幸せなものだったのかもしれない。
人の一生とは、何年生きられるとか、どうしたら病気にならないとか、ということよりもっと大切なことがあると、二人は私に身をもって教えてくれた。
まだまだ経験も浅く、偉そうなことを言える身分ではないが、二人の人間から学んだことをこれからも大切にし、医師という職務に就けたことに日々感謝しながら、病気だから、障害があるから、年だからあきらめる、ではなく、その人がどう生きていきたいのか、どうなりたいのか、その思いに少しでも応えていけるよう頑張っていきたいと思う。