老人医療NEWS第103号 |
平成二十一年四月より、当会の四代目会長に就任いたしました。歴代会長と比べられると力不足は否めませんが、当会の歴史を十分踏まえた上で、三役会および幹事会のメンバーに支えていただきながら新たな活動にも目を向けていきたいと思いますので、ぜひ期待してください。
一.医療保険と介護保険
ご承知のように公的介護保険制度が誕生して十年目を迎えました。私自身、制度誕生に少なからず関与し、要介護認定のツール作りや高齢者リハビリテーション研究会の委員も務めました。もちろん地域で介護保険サービスの運営にも積極的に携わってきました。その立場だからこそ言えることを述べたいと思います。
医療の重症度と介護の必要度が必ずしも一致しないことは、制度発足前、介護力強化病院の時代から感じていました。また、在宅復帰できるかどうかは決して本人の重症度や介護の必要度が優先されるわけではなく、家族(介護者)を含めた環境要因がポイントであることも痛感していました。そのような現実の中で、社会的入院など医療保険で介護が提供されることが疑問視され、実際には財源の問題が一番大きかったわけですが、介護の部分は介護保険でという説明を受けて納得した記憶があります。入院時の治療目的が解消されたにも関わらずその後も入院を続けている場合をすべて社会的入院と決めつけられることに違和感も持ちながらの納得?です。
しかしながら、私がイメージしていたのは、医療保険と介護保険は二本のレールでした。急性期でも介護は必要であり、その部分は介護保険で賄う。慢性期でも医療の部分は医療保険だろうと素直に思っていました。それが結果的に介護保険で「医療」が展開されることになったわけですが、やっぱり変です。看護やリハビリ、医師・歯科医師・薬剤師等の訪問など、これは「医療」です。
今では介護保険で医療が提供されることが当たり前になってしまい、その新たに生まれた不自然さを表だって発言する人も少なくなってきました。国民にとっては、どちらの保険であっても保険料を支払うことに変わりはなく、医療費高騰の抑制策として医療保険でかかる費用よりも低い報酬で「医療」が介護保険から提供されることになっただけです。
果たしてこの財源抑制策優先の制度設計が保険制度をより複雑なものにし、理解しがたい現場の混乱を招く結果につながってしまったと考えます。リハビリを例に挙げれば、同じ時間に同じ内容のリハビリが提供されても、保険制度の違いで考えられない報酬格差が生じています。
退院後のサービス利用を検討する段階で、支払限度額の関係もあり、介護サービスが優先され、退院直後の最もリハビリが必要な時期に通所や訪問のリハビリが利用できません。
今回の介護報酬改定で「短期集中リハビリ加算」の評価が見直されましたが、いくら報酬を上げても同じ財源の中で、それも支払限度額が決められている状況では選ばれないこ とが想定されます。報酬が上がれば今まで以上に選択されなくなる可能性さえあります。介護かリハビリかの選択が行われている現実をこのまま放っておけなくなりました。
十年経過し今頃わかったかと思われるかもしれませんが、ご批判覚悟の上で敢えて言います。医療分野は医療保険から提供されるべきです。そのほうが絶対わかりやすい!原点に戻り、一つのサービスの中に医療と介護が併存できる二本のレールとして再構築する必要があるのではないでしょうか。皆さんは財源無視の無謀な意見と思われますか?
二.要介護認定について
当霞ヶ関南病院が全床介護力強化病棟だったころ、どんな人にどんなケアが必要で、スタッフにはどのくらい身体的・精神的負担がかかっているのか、そのエビデンスを純粋に求めて行われたのが二十四時間一分間タイムスタディでした。当会の主要なメンバーの病院はほとんどこの研究に参加しました。もちろん目的はスタッフが苦慮しているケアプランの策定、そして個別ケアの実践に活かせると考えたからです。その後、まさかこの研究が要介護認定のツールに発展していくとは夢にも思っていませんでしたが、要介護認定とケアプランの策定が同じツールを活用することになれば現場にとって有益ではないかと考え、三団体方式によるケアプラン手法の開発にも積極的に参加しました。
しかし、この辺りから純粋な思いだけでは物事が進まなくなりました。国の立場、各関連団体の立場、そして各病院・施設の立場など、様々な立場の調整や課題が生じ、ケアプランに関しては統一されるどころか多くの流派が生まれただけでした。
要介護認定に関しては、説明を聞けばなるほどと思っても、実際にその申請者の状態との微妙なズレを感覚的に感じていました。その後はご承知のように手法の微調整が行われ、その度に一層複雑なツールになってきています。
認定手法の検討委員会のメンバーとして議論に参加してきましたが、昨年度までの認定結果が現状を反映できていないことを修正するために基礎データの取り直しや調査項目の見直しが行われました。すなわち、今までの認定結果が正確ではないという意見を元に見直されているわけです。
その結果、以前よりも認定結果が軽くでるとか、認知症が評価されていないなどの批判を浴びることになりました。今までの認定に課題があったことは忘れてしまい、今回の結果が上がったか下がったかの議論に終始しています。検討委員会のメンバーはお役ご免で新たに検証委員会が発足しました。
ここまでは納得できるのですが、経過措置がとられました。今の要介護度の継続を希望される方はそのままでということです。私はこのことが納得できません。一年間見直しは延期してモデル事業や検証事業を再度行うから、それまでの間は以前の認定手法で進めようというのであればわかりますが、非常に中途半端な措置だと思っています。
増え続ける申請者や認定者、認定にかかわる調査や審査会等の事務費用も増大しています。自治体の負担も金銭的なことばかりではありません。このようにぐらついた状況で介護認定を行うくらいなら、本格的に認定手法の変更を図ることも同時進行で進めていくべきではないでしょうか。スピーディーでわかりやすい介護認定手法の開発が求められています。
十年一昔と言いますが、諺通り当時と様々なことが変化してきています。特に国民の意識やニーズの多様化を肌で感じます。普遍的なものと考えていた我が国の社会保障制度の見直しが各方面から叫ばれる中、老人の「医療」「介護」のあるべき姿を追及していくことが当会の役割であると確信しています。私たちだからこそできること、それを早急に形にしていくべき時が今ではないでしょうか。
介護の認定が必要なサービスを抑制するためのツールにならないように、そして医療と介護が二本のレールとして有効に機能することを私は目指したいと思っています。いかがでしょう?皆さんのご意見をお聞かせください。
折りたたむ...千里リハビリテーション病院が開設して早一年半が過ぎようとしている。二十年病院運営をしてきて、いろいろ思うところを盛り込んだ病院つくりをしているがなかなか理想どおりにはいかない。工夫のひとつとしてルームキーパーを導入してみた。よく看護師や介護士から「もっと患者さんのもとに行きたいが時間がない」という声が聞かれる。たしかに彼らの仕事は膨大であり、個室が多い病院などでは当然部屋数が多く、トイレや個別浴槽なども増え、療養環境はどんどん良くなる反面、清掃やごみ捨てなどの業務も増えている。
こういった看護、介護業務には患者さんに直接かかわる直接看護と、記録やカンファレンスなどの間接看護がある。それらの業務のなかで看護師、介護士などの専門職でなくても出来る業務をはずせば時間の余裕ができると考えたので、ルームキーピングの専門業者を外注で導入した。ルームキーパーさん達の仕事は、病室内、洗面台、トイレ、浴室の清掃、ごみ捨て、ベッドメーキング(シーツ交換)、タオル、洗面用具などの備品設置などである。
実際にルームキーパーを導入して看護師、介護士の業務にどのような変化があったかを調査した。元来の業務では介護士一人の一日業務時間四八〇分中の一七〇分を掃除、ベッドメイク、ごみ捨てに費やしている。ルームキーパーはそれらを三〇〇分かけて行っている。この結果から平均一日一七〇分を直接看護、介護やカンファレンスなどの時間に充てることができる。結果としてトイレ誘導や、入浴、食事介助、散歩、会話など患者さんに余裕をもって関わることができるようになった。
ルームキーパー導入を、実際スタッフたちがどのように感じているかアンケート調査を行った。@看護師、介護士が専門家としての本来の職務に専念できやすくなった。A仕事に対する意欲が出る。B余裕をもって業務に当たることができる。C清掃の専門家が行うためきれいな仕上がりになる。などとメリット面の回答が多いが、委託費用がかかるというデメリットもある。
今回の介護報酬改定では、介護保険関連施設の介護職員給与に充てるための改定が行われた。しかし、スタッフ人員を規定定数以上配置してがんばっている病院や施設ほど、期待されているような給与アップは難しい。また他の職員とのバランスもあり、介護職員だけを給与アップするわけにはいかない。そのうえ、二年後にはどうなるかわからないという不安要素も大きい。
元をただせば今回の改定は介護職員不足解消のための処置であるが、報酬の安さももちろんだが、国家資格を持つ介護福祉士がやりがいのある仕事ができているかどうかということも仕事が続かないことの大きな要因になっているのではないかと思う。看護師、介護士を外国から受け入れることも一つの方法かもしれないが、人員不足を解消できるほどのこととは思えない。
それよりも、仕事の内容を振り分けて、看護師にしかできない仕事、介護福祉士が行うべき仕事以外を他の人員で行い、仕事に対するモチベーションを上げるほうが意味があるのではないかと思う。時間的、精神的余裕があってこそチームアプローチは成り立つと思う。
効果がはっきりしない報酬改定より「この業務に対する委託費」というような明らかになるものに報酬をつけてほしい。
折りたたむ...昨今、新型インフルエンザが何かと話題になっている。勢いはやや衰えつつあるものの全国的な拡がりをみせているようである。
ただ我々老人医療従事者にとって不幸中の幸いであったのが、今回のウィルスは高齢者においては感染力が低く(あるいは症状不顕か?)、今のところは入院患者に対しての影響がほとんどないことである。
しかしながら医療機関としては当然対策を講じる必要があり、当院においてもいち早く対策室を設置し対策を講じた。ある程度の混乱は予想していたものの、想定外の事例が多々起こり、あらためてその対策の難しさを実感させられた。
とくにウィルスの伝播スピードは驚異的であり、海外発生期から国内発生期、そして関西地方における局所的流行まで約一ヶ月足らずしか経過しておらず、常に後手後手に回ってしまった印象である。また、スタッフやその同居者の流行地への渡航滞在の把握など新興感染症ならではの対応策が求められるなど新たな問題点が多く浮上した。
実際、国内発生初期段階で新型インフルエンザの流行を知らずに流行地へ往来したスタッフが、帰郷後に感冒症状を発症し大騒ぎになるなど、新型インフルエンザを足もとまで感じることもあった(簡易検査においてインフルエンザ感染は確認されず事なきに終った)。
今でこそウィルスの毒性や既得免疫のことなど概要が少しずつわかってきてはいるが、そのころの関西地方の医療従事者の方々の心痛がいかほどであっただろうかとお察しする次第である。
インフルエンザウィルスの感染経路はウィルスの型を問わず、飛沫感染が主体であるといわれている。我々の医療現場(療養病床)においては歩行可能な患者はさほど多くなく、感染経路の多くは医療従事者、または見舞い者からの飛沫感染、あるいは医療従事者の手を介しての接触感染がほとんどであると思われる。
病院でできる対応としては、ワクチン接種や病院としての水際対策は当然のこととし、その他普段から、手洗いや手袋の使用などの感染予防策を徹底し、咳エチケットなど教育を充実させ習慣づけておく必要がある(マスクなど予防資材の無計画な使用は流行期の資源不足に拍車をかける可能性がある)。
こうした習慣は急につくものではないが、普段からの対策(教育)こそが院内でのアウトブレイクを防ぐための最も有効な手段であると、あらためて痛感したところである。
インフルエンザウィルスはその型により感染力、毒性、そして既得抗体の有無などそれぞれの特徴を有するが、高齢者にとってはたとえ弱毒性であっても、いったん感染してしまえば致死的になることが往々にしてある。実際、過去の例においても高齢者施設で季節性インフルエンザが致死的な流行をきたしたことは周知の事実である。
少し乱暴な言い方になるが、ウィルスが自施設周辺である程度蔓延してしまった状況においては、新型であろうが既知の型であろうがその対策法に大きな差異はないであろう。たとえ新興のインフルエンザ(または未知の感染症)であろうと通常の感染制御をしっかりと行っていれば院内における被害を最小限に食い止めることができるはずだ。
当たり前のことではあるが、感染制御の必要性は急性期病床に限ったものではない。老人医療に携わる我々だからこそ、院内感染に対する意識をより強くするべきである。
最後にこの場を借りて一言。
今回の新型インフルエンザを含め、新興感染症に対し最前線で体を張って対応して下さっている医療従事者や関連スタッフの皆様に対し心よりの敬意と感謝の意を表します。
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