こぼれ話

老人医療NEWS第102号

介護病棟での学び
小林記念病院 医師 小林明子

介護病棟を受け持つようになって久しく、一般病床や療養病床で、加療継続不可となってしまった人達の御家族と接する日が多くあります。

昨今、認知症という疾病名は市民権を得て来たと思います。しかし、まだまだ一般市民の人達は、認知症とは縁がないまま生涯すぎて欲しいという願いが強く、一昔前の障害を持つ人をかかえていた家族のような心の動きを感じます。

最近、一つ屋根の下で家族と生活している患者の方で、もう少し早く家族の誰かが異常に気づき早期対応が出来ていたら、こんなに悪循環が起きなくて済んだのではなかったかという事例に遭遇しました。家族が「あれ、おかしい?」という疑問をもう少し早く持ってくれれば、専門医の受診に繋がると考えますので紹介したいと思います。

〈経過〉

平成二十年八月二十五日頃より食べられなくなり、九月一日脱水で近医より市民病院へ紹介入院となりました。九月五日〜十一月七日まで二十四時間ベッド上生活、点滴のみ。家族は三交代で付き添う。診断名は胆のう癌。十一月になって食欲が出てきたが、自己にて痰の喀出ができなかった。夜間眠りが浅く、頻回のナースコールあり。全身麻酔薬を使用して眠ってもらう。二ヶ月間の使用抗生物質はペントシリン→スルペラゾン→バシル→メロパン→自己抗体が検出されなかったことにより、自己免疫疾患による腫瘍性熱と考えステロイドを使用して発熱は改善されたと前医からの申し送り。

当院に転院時の症状は全身浮腫、低蛋白、低栄養状態、四肢の機能廃用、両手でさえ胸部にのせたままで動かなかった。気力まるでなしのダルマさん状態でした。(血清総蛋白四・八mg/dl、アルブミン値二・二mg/dl)

夜間不穏は起こらず良眠されましたので、これは大変助かりました。栄養改善は経口摂取は困難でしたが訓練すれば可能になると判断して、経鼻経管より流動食にすることの同意を得ました。病状を評価、胆のう癌といっても全く胆のう内のみで、胆管等への波及はないようでしたので、食欲不振の原因は認知症があったのではないかと思われます。臨床心理士の診断「無感情」という聞きなれない症状(精神面)を理解することに努めました(長谷川式テスト一九/三〇点。MMS二一/三〇)。家族に、ここ二〜三年の本人の身辺や行動に不思議な言動はなかったか折に触れ伺いました。やはり、長いこと続けていた水泳を、着換えや友達との交遊が緩慢になり、止めていたことなどがわかりました。徐々にナゾがとけて来ました。

食事もご飯が六割、残り四割はおやつ、とくに、せんべいが好きということでしたが、この患者のわがままだと考えて家族はそのままを受け入れていたということでした。治療は防己黄耆湯から抑肝散に変更、意欲の向上が見えてきました。こうなると全てが良く循環して来ます。転院後、約一カ月で自宅退院の目どが立ち、四月試験外出、家屋調整をして五月上旬退院となりました。

「良くなった」原因は何だったかということのとらえ方をスタッフに訊ねてみました。

看護師は、食堂で隣の人(嚥下機能はダメでしたが発語あり)との関わりがよく活性化したとの視点を持っていました。食事の雰囲気作りが人間性を取り戻す場面と位置づけ日々看護していることに私自身も気付かされました。理学療法士や言語聴覚士は、あまり自分たちの達成感としてのとらえ方をしていませんでした。学問として興味を呈していなかったということがわかりました。

この症例に出会い、私の人生の巾がまた一つ広くなりました。介護病棟は私の人生の教師と思って楽しんでおります。 (21/5)
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老人の専門医療を考える会 JAPAN ASSOCIATION FOR IMPROVING GERIATRIC MEDICINE