老人医療NEWS第18号 |
厚生省が打ち出した痴呆性老人専門治療病棟について、平成元年五月現在で設置したのは北海道と愛媛県の2医療法人に過ぎないという。増加の一途をたどる痴呆性老人にどう対応するかは重大課題であるが、その需要に応じるにはあまりにも施設が少ない。
現存する施設として、医療側では、老人病院、精神病院の老人病棟、老人保健施設があるが、とても対応しきれず、福祉施設の特別餐護老人ホームや養護老人ホームなどに収容されているケースがかなり多い。
医療側の施設には常勤医と一定数の看護婦が必要とされているが、福祉側では介護を主とするという理由で、非常勤医師と介護職員で対応することとなっている。しかし、前述の理由からも、取り扱っているケースの重篤度や医療的処置の要否にそれ程大きな差はない。福祉側の方がより困難なケースを扱っているとさえ云われる。
医療と福祉をこのように施設で分けるやり方は、もう限界に来ている。そもそも、こうした医療と福祉の二分は、厚生省組織令によっている。そこで痴呆性老人も、これによって振りわけられる。医療面は大臣官房の老人保健課や保健医療局の精神保健課などが担当し、福祉面は大臣官房の老人福祉課などが対応することになっている。こうした行政の対応が、痴呆性老人の対策を困乱させ、それを遅らせている。
最近、仄聞する所では、精神保健課が、「痴呆性老人」では、同課で扱う対象になじまないということで、「老人性痴呆」対策を打ち出すという。痴呆性老人とは、生理的老化の高齢者のことで、痴呆という症状をもつ疾患者を意味しないから、「老人性痴呆」として、精神保健施策の対象に組み入れるというのである。まことに行政的発想で面白いが、まさに苦肉の策というべきであろう。時代の要請に応じた医療・福祉の一本化が痴呆性老人対策に至急に望まれる。
折りたたむ...病院を核とした保健・医療・福祉のシステムづくりを
小生が医師になった年が、正に日本が世界の高齢国の仲間入りした年であり、大学に老年医学の講座が開かれた年でもありました。そんな時代背景から躊躇することなく老人科医局に籍を置き、以来20年間老人医療を実践しています。
大宮共立病院の目指す方向性は、当時の教えの中で育くまれたものですが、特に在局中に出張勤務した浴風会病院、榛名荘病院、養育院医療センター等をモデルとして考えてきたものでもあります。これらの病院は当時では数少ない老人専門病院で、各種の老人福祉施設が併設されている複合施設とも云えるもので、将来の老人専門医療機関のあり方を示唆しているように思えたからです。
埼玉に戻ってさて開業、と考えたところで全くのゼロからのスタート、理想の施設が一度に出来る訳でもなく種々の困難の中で現在の態勢を順次整えて釆ました。幸い多くの人達の理解と応援が得られ、地域医療の面で高い評価を受けるまでに発展しています。基本的には、その時存の社会の二ーズを先取りして、役立つことなら何でもやってみようという姿勢、開院当初より医療・福祉の現場と経営とを分離した形態をとったこと、そして何よりもこれらの事業に熱意のあるスタッフが集まったことが真面目な医療、福祉の現場を作りあげていると思っています。
老人専門医療機関としての模索
大宮共立病院は、昭和56年8月180床の老人病院としてスタートしました。その後、当初の計画に従いその関連施設として、昭和60年7月に特別養護老人ホーム、同62年7月に大宮市デイサービスセンター、平成元年2月老人保健施設をと順次開設しました。さらに今年8月に病院の増床を機会に外科、整形外科、障害歯科を増科し急性期医療に対応可能な設備と態勢を整えるとともに、人間ドック専用施設、痴呆専用病棟を新設、訪問医療・看護部門の機能充実等を行いました。現在は450床の多機能老人専門病院となっています。
我々が老人医療を実践するうえで常に念頭に置くようにしていることは、その専門性の問題です。老人医療を考えるとき慢性期医療のあり方にその本質と問題があることはいうまでもありません。過去八年間このテーマに従って考え努力してきましたが、ややもすれば福祉的議論の中にのみ引き込まれている自分に気付くことが多かったように思えます。
老人が病気になったとき、老人が故の種々の理由で急性期の充分な医療が拒否されたり、老人の疾患そのものや病態の特異性が充分理解されていないが為の結果、重介護老人になったり不幸な転帰をとることがまだまだ珍しくありません。
また、これまで医学の進歩の中で健康教育や予防医学は成人病や老年病の発症を防いだり、遅らせたりして来ました。今後はこれらの分野に人生の終末期に誰もが経験するであろう援護期や寝たきりの期間をいかに短かくすることの意義を求めることが重要になって来ていると思っています。
さらに、歯科治療が身体的疾患の治療やリハビリテーションの効果に有用であったり、老人の精神活動を活発にするなどの報告もあり、今年になって東京医科歯科大学障害歯科教室の協力を得て障害を持った老人の歯科治療にも取組み始めています。
包括的老人医療・福祉の実践
次に、病院に隣接する福祉施設との考え方ですが、各々の施設がそれぞれ独立した事業を展開しているのは勿論のことですが、病院を含むこれらの施設が一体となって、ショートステイ、デイサービス、入浴サービス、訪問看護・介護サービス、ホームケアサービス事業、介護者教室、ボランティア講習会などを積極的に行なっています。病院、老人ホーム、老人保健施設それぞれ個別に課せられているこれらの在宅老人支援の為の事業は、個々に行なうには制度上の不合理性や、制度間の空白部分があるように思えます。
我々は、各施設が協力連携する態勢の中で分担したり一部重複することで多様なニーズに応えようと考えており、またこの態勢は病院にとって医療機関本来の業務を補い、支援するための重要な役割を担ってもいます。
以上、大宮共立病院の現状と考え方を簡単に紹介しましたが、今後の目標としては超高齢化社会に対応した老人の為の多機能専門病院を中心に各種の福祉施設を連携させて、保健・医療・福祉の複合施設によるシステムを作りあげることによって、この地域の中で包括的老人医療、福祉を実践してゆくことにあります。
折りたたむ...つい先日のことである。慢性関節リウマチで長年通院していた80歳のおばあちゃんが、左胸痛で入院した。心電図、胸部X線上、特に疼痛の原因を疑わせる所見もないので、とりあえず鎮痛剤を投与して様子をみた回しかし、いっこうに軽快のきざしもない。そこで念のため消化管造影を施行したところ、胃小弩部の上方に巨大な潰瘍を認め、さっそくその治療を開始したところ、まもなく左胸痛は完全に消失した。
老人の胃の多くは、胃壁の萎縮のため粘膜襞が縮少あるいは消失し、蠕動も乏しくなっている。従って症状の出現様式も若い人と違い、弱かったり、無症状であったり、患部に限局しなかったりで、診断に迷うことが多い。実際、消化管造影により始めて漬瘍を発見したり、長年放置され再燃をくり返してきた結果、不整形な隆起となり、癌と見分けがつかなくなっている瘢痕もしばしば見かける。時には、胃体部や胃底部が延びきってしまい、二重造影でも幽門前庭部が含らまず、進行癌(スキルス)と似た画像を呈する。いわば、半分空気の抜けた古い風船のような胃を、多くの老人は持っているのである。
しかしまた、先日診た90歳のおじいちゃんのように、立派な粘膜襞を持つ胃もある。そうした眼で見るせいか、その老人は顔もつやつやし、生気にあふれている。やはり他の臓器と同様、過齢とともに胃袋も個人差が拡大するのであろう。
折りたたむ...痴呆について考える
9月16日、岡山市・岡山プラザホテルにおいて、老人の専門医療を考える会第6回全国シンポジウム"どうする老人医療これからの老人病院(Part6)―痴呆について考える―"が開催された。4回にわたる東京での開催、昨年7月の北海道での開催に続き、今回は、関西、中国、四国の中心部に位置する岡山市での開催となり,踊呆に焦点をあてることとなった。当日は、敬老の日の翌日ということもあり、一般市民の参加も多く、全国より約400名が集まった。聴衆の熱心に耳を傾ける様子からは、、痴呆への関心の高さが伺えた。
初めに、映画「痴呆性老人の世界」でも知られる国立療養所菊池病院の院長室伏君士先生より基調講演を賜わり、続いてのシンポジウムでは、老人病院、特別養護老人ホームなどそれぞれの現場からの発言が行われ、活発な討議となった。 また、シンポジウムに先立ち、倉敷市・柴田病院の見学会が催されるなど、柴田病院および広島市・中村病院の皆様より各方面にわたる多大なるご協力を賜った。ここに深く感謝を表する次第である。
<基調講演>
痴呆性老人のメンタルケアについて
国立療養所菊池病院 院長 室伏君士
現在、日本には65歳以上の老人が全人口の11.6%を占めている。この老人人口の中の3〜6%が痴呆老人であると考えてよい。厚生 省の調査でも在宅で4.8%、入院・入所で1%、計5.8%が痴呆症状をもつという結果がでている。
高齢化社会を目前に、老人問題については昭和45年頃から取組みが行われてきたわけであるが、痴呆についても、昭和61年より厚生省を中心に本格的な対策がとられるようになった。痴呆老人対策としては、原因の解明、症状の軽減などがあげられるが、中でも人間性の尊重として、ケアの果たす役割は大きい。
ここで、痴呆のタイプを考えてみると、『穏やかなタイプ』と『活発なタイプ』に分けられる。穏やかなタイプは、単純痴呆型とも言われるもので、在宅や特養でのケアが可能である。物忘れがだんだんとひどくなり、終には忘れることにも無自覚になるタイプである。
活発なタイプは、誤見当、作話、自分の生活史の健忘などに加え、異常行動や精神症状が附随してくる。徘徊、不潔行為、妄想等があるため家庭でも、一般の病院、特養でも、対応が困難なタイプである。
菊池病院には、この活発なタイプの痴呆患者が、発症後平均約4年で入院してきており、これからそのケアについて述べてみたい。
痴呆老人は、痴呆というハンディキャップを負いながら、彼らなりに一生懸命生きようと努力している。ケアする側は、その生き方を知り、その心に沿って少しでも知的に人間らしく生きていけるよう援助・指導していくことが大切である。個別的な対応を要することは勿論であるが、ケアの原則をあげると、
一、心の結びつきをつくり、安心・安住させる
以上のようなケアの効果としては、精神症状・異常行動の減少、感情面が安定するとともに生き生きとしてくること、痴呆の進行を遅らせる、また、部分的に痴呆症状の軽快がみられることもある。
薬物療法は、痴呆そのものにではなく、症状に対して効くものがあるが、ケアによる方向づけを怠ってはならないし、心のある援助が最も大切であると言える。
<シンポジウム>
痴呆について考える
司会に厚生省病院管理研究所主任研究官小山秀夫氏、シンポジストとして痴呆老人ケアをそれぞれの施設で実践している五名の先生方が会し、会場を交えた討議が行われた。まずシンポジスト諸氏からの発言の概略を以下に記す。
老人病院から
柴田高志氏
当院には40畳の畳敢きの痴呆病棟があり、男女混合、ざこ寝で生活している。家庭での日常生活の延長の雰囲気で生活してもらうよう、また、生活空間を広げ、視野を広めることが治療以前の悶題であると思う。職員の心構えとして、患者さんの心を傷つけないこと、そして職員自身が心を開くように努めている。 デイケア、ショートステイも組合せ、それぞれの状態に応じ育機的に対応できることが必要とされる。その人の生活を支え、援助するという福祉の感覚をもって老人医療に取組んでいきたい。(倉敷市柴田病院長)
精神病院から
杉原克比古氏
構神科に入院している痴呆患者さんは中等度以上の痴呆症状に問題行動を伴う。現在、約26000人が精神科に入院されている。当院でも入院患者さんの4割強が痴呆である。診断と治療の問題もあるが、主体はケアであり、全人的アプローチが求められよう。また、人権擁護の問題も精神科に限らず、他施設においても忘れてはならない。
痴呆性老人専門治療病棟という規定も出来たが、快適で治療的な環境の下で適切な医療と看護・介護が何よりも大切だ。(安来市安来第一病院副院長)
老人保健施設から
中迎憲章氏
当施設は精神病院併設型痴呆専門施設として二年前に開所した。入所者30名、平均年齢80.2歳、中等度痴呆が中心である。入所後、情緒的安定はみられるが、痴呆症状やADLに関しての大きな変化はみられない。これまで延89名の退所者の中、家庭退院は15名であり、感染症や骨折による入院もある。入所期間は次第に長期化している状況である。
現段階の老人保健施設は、痴呆については補助的役劃しか果たせていないのではないかと思うが、今後の課題として、在宅か施設かの二者択一ではなく、時々の状態に応じたメニューがあることが重要だ。(貝塚市老人保健施設希望が丘顧問)
地域の保健婦として
森下浩子氏
当福祉会館は役場と連結しており、保健婦4名、看護婦四名、ヘルパー、栄養士、事務職等計20名で母子から老人保健までを扱っている。充分とは言えないながらも医療・福祉・保健が合体した活動が出来ていると思う。町人口15000干人の中、要介護老人が約100名、そのうち60〜70名がデイケアの対象である。年を増すにつれ痴呆症状もでてきている。対応する時、職種によって区分すべきところはきちんと厳守するが、それ以外については医師、看護婦、へルパー等すべてを取り込んだ対応をすすめてきた。住民を守る組織として、自分達が老いたとき何を望んでいるかを考え、実践に結びつけたい。(広島県沼隈町福祉会館長)
特別養護老人ホームから
川村誹造氏
痴呆老人の症状の進行度には、環境は重要な因子の一つとなろう。当特養でも試行錯誤の結果、現在、日本庭園や露天風呂をつくったり、犬、猫をはじめ、羊、猪、あらい熊、牛、山羊、ポニーなどの動物を飼っている。コンタクトパースンの配置や、音楽療法、グループセラピイなども取り入れ、行動の範囲を拡大し、適宜な刺激を与え、最後までQOLを保てるようにお世話をしている。マンパワーについては量的にはまだ不充分であるし、質の向上も望まれよう。実践者として飽くことなく、絶えずよいものを求めていきたい。(四日市市小山田特別養護老人ホーム施設長)
以上のような発言を受け、会場からも岡山市で19床の診療所で地域ケアに取り組んでいる青木氏より、地域で痴呆老人を支えていくには、家族との関わりが大切、と意見が述べられた。また、質問として、施設によるケアの差、ボランティアの導入などが提起された。シンポジストからは、ケア側個々の立場によって痴呆老人への思い入れは違うが、個人・家族・地域を大切にし、どこにいてもよいケアが受けられるようにしなけれぱならない、と述べられた。
老人の専門医療を考える会としても、今後とも痴呆問題に真正面から取り組むことを約束し幕を閉じた。
折りたたむ...消費税見直し・廃止?国会が開催された。今度は「パチンコ」だ。行財政改革、税制改革、教育改革それに社会保障改革とはいうものの、なによりも真の意味で「政治改革」が先行されなければならない。国会の茶番劇と弥次馬根性では、どうにもならない。
今、老人医療は、老人保健法改正と医療法改正の狭間で、ゆれ動いている。しかし、複雑な政治状情の渦中にあって、なんら具体的な方針が決定されない。改革には、地の利、人の和、天の時が必要だが、天に口なしで、人に和なし、地理に暗いということでは、完全にグリコだ。
厚生省の政策部局が、そうだというのではないが、医療界は、疑心暗鬼で、イライラしている。こういう時は、秋の夜長に縫れた糸をほどいてみるか、それとも早寝に限る。
縫れた糸をたぐっていくと「介護対策検討会」がある。医療法改正については、医療審議会すら開催されていないし、老人保健審議会は、総論の総論を繰り返し、老人本人の負担引き上げや老人医療費への国庫負担割合の見直しという中心的議論に入れないままである。さらに、継続審議となっている年金法改正案は、どうも成立しないという状況にある。
そこで、厚生省は、介護対策検討会を作り、老人介護の問題を総合的に検討し、この縫れた糸の出口にしたいと考えているといってもよいであろう。検討会自体は、これまで5回開催され、10月末に1回、11月中に2回を予定し、12月上旬には報告書を提出する見込みである。
さて、その内容であるが、介護システム全体の供給体制、費用負担、環境整備、現行諸施策の調整などが盛り込まれることになろう。考えるまでもなく、介護を正面から取り上げた検討会は、これまでにもなく、その内容は、老人医療に大きく影響を与えることになろう。ただし、担当事務局が大臣官房総務課であることから、具体的な提案というより、介護施策の理念の明確化がポイントになろう。
仮に報告書が提出されると、老人保健審議会にも影響することになるし、今後の老人保健医療・福祉全体の方針が決定されることにもなろう。それゆえ、今後は、当検討会の動きに注意しておくことが必要である。というのは、老人保健審議会の審議予定が、年内報告、平成2年通常国会提出、同年4月1日実施という予定だからである。審議の進渉状況からして、年内報告は至難のわざで、徹夜審議を続けても、今の状況では報告にならない。そこで「要介護老人に対する在宅および施設における取り組み」という老健審の審議内容を、介護対策検討会で先取りし、12月上旬に報告させ、それを老健審で公表、審議し、問題の老人本人負担と国庫負担を年末までに審議するという「作戦」があるように思う。
そこで、当会としてどう対応するべきかを考えておく必要もあろう。問題は、介護供給システムがタテ割りで、重複している部分もあり、費用負担もバラバラで、サービスの質が一定でないことである。入院・入所サービスについては、介護費用の公平化がある程度求められるし、在宅については、供給量と質をどうするのかである。
老人専門病院が各種の在宅サービスを行なうのは当然であるが、地域の介護サービス全般の供給者になるかどうかがポイントである。つまり、在宅福祉サービスをも提供できるようにしたいのか、それとも入院医療主体のままでいくかの選択が必要である。
老人病院数は、元年5月1日現在で、1114施設となった。全病院の1割を越えた老人病院は、サービス供給量とその質を向上させ、21世紀に対応したいものである。
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