老人医療NEWS第16号 |
高齢化が進むに従って、医療福祉関係者にとって、行政関係者にとって、また国民にとって老人の医療福祉のあり方をどうするかが否応なく大きな課題となってきた。高齢化のピークを迎える約30年後に老人がより健康で、より安寧に暮していけるようにハード、ソフト両面にわたって体制を整えていくことが求められている。
老人にとって医療と福祉は一体的なものであるが、医療だけを考えてみても色々な側面があり、それらも合わせ総合的にみていく必要がある。
まず、老人医療は体系化された老人医学に根ざしたものでなければならない。現実に多くの老人患者の診療が行われながら、十分に老人の心身の特性をふまえた診療が行われているとは云い難い実態がある。抜本的には医学教育における意識改革が不可欠であるが、差し当っては卒後研修、生涯教育の中で老人診療の基本的事項について第一線の医師に普及徹底を図っていく必要があろう。
次に、老人の疾患は慢性的な経過をたどることが多いことから、キュアよりもケアに重点がおかれると云われるが、施療サービスの供給については、そのような観点からの施設の体制や処遇を考えていかねばならない。特に介護機能やリハビリテーション機能の強化を図ることが今後の課題であるが、一方、医学的に入院の必要のなくなった患者が老人保健施設や家庭または特別養護老人ホーム等に移れるようにするための環境整備を進めていくことが絶対要件である。
さらに老人の診療に当っては倫理的な側面から注意を払わなければならぬことが種々ある。問題行動を示す痴呆性老人などにどの程度の拘束を行うかは精神障害者の場合と同様に行き過ぎれば人権問題に発展するし、終末時における延命医療をどこまで行うかも医学的判断をこえた判断を求められる場合がある。これらは個々に現場で判断すべきことであり、行政が直接介入すべきことではないが、基本的なガイドラインづくりには行政が一役買う必要があろう。
また、医療が公的保険によって給付されている以上、一定の枠の中でコントロールを受けるのは止むを得ぬことであり、緊縮財政の下では医療費の節減(無駄の排除)は重要な施策になる。老人医療費が全体の4分の1を占めているため、この伸び率を必要以上に増大させないよう、診療報酬を老人に適わしいものに改めていくこと、老人保健施設の整傭や在宅ケアの促進を図っていくことなどは経済的側面からみた場合においても中心的な課題である。終末時の医療は倫理的な問題でもあるが、経済的にみても公的保険の枠内でどこまで給付できるか検討すべき課題である。
以上、老人医療は色々な側面を有しており単純ではないが、サービスを供給する医療従事者や経営者のためでなく、矢張り究極的には患者の立場に立った老人医療を目ざすべきことを医療関係者も行政関係者も肝に銘じるべきである。
折りたたむ...「人生80年」の医療を目ざして
当「看草第二竜間病院」は、大阪府大東市竜間1580番地に所在し、大阪の東部生駒山麓を通り奈良に至る阪奈道路に面し、大阪府下を一望に見られる緑豊かな高台に医療法人「若弘会」としては、第三の病院として昭和63年7月1日に500床の特例許可老人病院を開設致しました。
医療法人「若弘会」のモットーは「最高の医療を提供し、地域の人々の健康と福祉に貢献します」であります。関連法人施設として、大阪市浪速区に内科専門病院「若弘会病院」、東大阪市に急性期病院「若草第一病院」があり、理事長川合弘毅の唱えるモットーのもとに地域医療の貢献を目指しています。
地域医療を考える時、その急速に迫り来る本格的な高齢化社会の需要に対応して開設した次第です。病院建設にあたり、老人病院としてありがちな「暗い」「せまい」「汚ない」というイメージを拭払することを基本的なあり方として心をくばり、約2万平方メートルの敷地に鉄筋コンクリート四階建て、全室避難用路を兼ねたバルコニー付きであります。
入院医療適応患者さんは、病病連携、病診連携を始めとし、家庭介護力の限界、老人ホームからの重症疾患合併等によるものが主なもので、複数疾病を有する老齢者の特性を大きく三つに分類して、病棟特色を持たせて治療を行っております。
一番目は、若年者を含めてリハビリテーションを目的として入院される患者さんです。高機能を持つ一般病院での急性期の加療が安定し、一定期間の入院加療で在宅ケアー、或いは社会復帰を目指しています。リハビリテーションには、約350平方メートルの広い場所を提供し、施設基準を採り5名のPT、数名の助手、ST部門は大阪教育大学竹田教室出身者2名を採用して、疾病により生じた形態的、機能的な障害者が残された能力を十分に開発し、再び生き生きとした生活を営める「再活医療」が中心です。又、エアロビクスのインストラクターによる集団リハビリテーションの時間も設けています。
二番目は、老人性痴呆があり、入院療養の必要性のある患者さんです。当病院では、各々医療機関より一番転院要請の多い自慢の病棟です。従来の老人性痴呆に対する「一般病院」か「精神病院」或いは「医療施設」か「福祉施設」かと云う短絡的な縦割りな考え方をなくして、特に家族との連絡を密にして治療をしています。
「痴呆」と「寝たきり」は両輪の輪と云われる様に「ベッド・イズ・バッド」をなくすため畳敷きを含めた広いデイルームを作り、又、この部分にも集団リハを目的としてエアロビクスを導入しています。
三番目はターミナル・ケアを含めた内科病棟であります。他病棟の患者さんの急変、重症変化時にも適切なる医療が出来る様、呼吸器、循環器系の専門医、エキスパート・ナース、数台のサーボ・ベンチレーターを含む高医療機器、臨床検査部のリアル・タイムの対応が出来る様配置しています。
ここでの大事な医療は医師の単純で独断的な傾向を持つ裁量権のもとに治療を行うのでなく、「インフォームド・コンセント」の法理のもとにあらゆる処置や治療に関し、患者さんの家族から、「知った上での同意」即ち、老人病院の倫理として問われる「人間の生命は地球より重い」と云う考え方を主眼点にして医療を進めています。又、病院システム化、メディカルサービスの向上のため、大型コンピューターを導入し、各病棟への病棟クラークの配置により、ナースの直接看護の部分を増やして、患者さんのケアー部門の質の確保に取り組んでいる所です。
私自身は、病院開設以来、従業員はもとより、入院された患者さんの家族に全て面談し、我国の急速な高齢化社会の問題点や他の国の老人医療状況をお話し、当病院のH・I(ホスピタル・アイデンティティ)「なぜ」「何のために」「何をしようとしているのか」を説明します。我々の医療施設は勝手に名付けた「第四次医療」である後方医療としての通過施設であることをあくまでも念頭にして、老齢者にとって残された生命を満足に安らかに送り、荘厳なる人生の終焉を迎える「終の住家」はどこなのか、我々が教育を受けた「人生50年」の医療でなく、「人生80年」の医療を真摯に謙虚に考え、そのパイロットケースとなるべく諸会員施設に劣らない様な病院内容を作り、その社会的存在価値を見い出したい所存であります。
折りたたむ...高齢化社会に入り、必然的に高齢者に対する外科的処置の機会が増大している。私が医師になった昭和46年頃は70歳代の手術症例があると、その病態よりも暦年齢だけで手術そのものをためらった。現在は80歳、90歳の超高齢者に対しても、かなり大きな侵襲の手術も積極的に行われ、その実績も上っている。
しかし現場の外科医にとって、一つ一つの症例について考えると、家族を無理に説得し手術を行ったものの、術後合併症を起こし、患者を苦しめ、不幸な転帰に至らしめた例、老化による身体予備能低下を危倶し、手術に踏みきれず次第次第に病状進行し苦悶する患者さんを目前にして、今更ながらその手術適応を自問自答する例、逆に積極的に手術に取り組み、元気に回復された時の患者さんや家人の想像以上の歓びに接する時・・・。いずれにしても余命の長くない高齢者の手術適応を考える時、手術に対する勝算と共に、術後のquolity of life をも充分考慮して決定しなければならず、その判断と現実のギャップに悩む事が多い。
高齢者は加齢に基づく潜在的臓器機能障害による適応力の低下があるため、術後一度合併症を起こすと、次々と他の合併症を惹起し複雑な病態となり、治療も極めて困難となる。そのため"術後合併症を起こさせない"という事を最重点に考え術前、術中、術後を管理していかねばならない。
高齢者手術のポイントは
高齢者の術後合併症として高率に発生する肺合併症について簡単に言及する。術前よりIPPB、深呼吸訓練、ネプライザー、抗生剤投与などにより気道の浄化と呼吸機能の改善を積極的に行っておく。また我々の経験では、術終了後抜管の時期も非常に重要である。麻酔の覚醒が不確実な場合だけでなく、手術侵襲が大きな時、麻酔時間が長い時など、無理に手術場で抜管しないで、挿管したまま回腹室に帰し、場合によっては翌朝までレスピレイターで管理する。その方が肺合併症だけでなく術直後のトラブルを避けるのにも良いと思われる。術後高齢者は特に低酸素血症に陥りやすいので酸素投与は行うべきである。術後深呼吸や喀痰喀出を促す等細い配慮も大切である。
高齢者の手術を考える際、「予防は最大の治療」という名言を肝に銘じて、原疾患だけにとらわれず、患者の身体的、精神的全体像をしっかり把握し対処していかなければならない。
折りたたむ...医療の詰サービスの向上は、病院職員の意識と技術にかかっている。特に「質」を問われ続けてきた老人病院においては、老人医療という専門佳に沿った職員教育が今最も求められていることであろう。老人医療においては特に、医療、看護・介護、リハビリ、食事等すべての患者サービスが適正に行われなければならない。現状の老人病院の空間をいかに生かし、現在のマンパワーでどこまで満足のいく質の向上が可能であろうか。
老人の専門医療を考える会では、2・3月に職種別に4セミナーを開催し、会員病院の質の向上と連携を図った。ここにその概要を報告したい。
老年医学の確立を
老人科専門医のためのセミナー
2月16、17日に東京都・都ホテル東京で開催された「老人科専門医のためのセミナー」には、会員病院より30名、厚生省より5名の医師が出席した。老人の専門医療を考える会では、これまで医師を対象としたワークショップ等は回を重ねてきたが、今回のセミナーでは診療内容に直接フィードバックできるよう、最新の老人医療の知識を得るための卒後研修の機会を得た。講師には各専門分野より7名の第一級の講師を迎え、延15時間にわたる講演となった。
16日の基調講演では、東京逓信病院長・原澤道美民より、老化による心身の諸機能の低下と老年病の特殊性について述べられた。高齢化社会が進むに従い、増々老人医療に重きを置かなければならないこと、また、今後の老人保健事業には協調性と人材の確保が大切である、とまとめられた。
リハビリテーションについては、東京都老人医療センター・リハビリテーション診療科部長・林泰史氏より講演がなされた。医師、看護婦等を含めた医療チーム全員がリハビリの心で接することが求められる。罹患後の臥床期間は3週間以内が基本原則であることが強調された。
次に、東京大学医学部脳研病理教授・朝長正徳氏によるアルツハイマー病と関連疾患の病理についての講演が行われた。痴呆の診断基準の明確化と統一の必要性を述べられた。16日最後の講演は、順天堂大学脳神経内科教授・水野美邦氏よりバーキンソン病の鑑別診断と薬物による長期治療の問題点等について、臨床面からの講議となった。
17日はまず、上智大学文学部教授・アルフォンス・デーケン氏が、死への凖備教育の意義と、老人医療における音楽療法、読書療法、ユーモア療法のすすめをユーモアあふれる口調で話された。さらに、悲嘆教育(患者の家族と遺族へのケア)の重要性についても触れられた。
午後に入り、慈恵会医科大学スポーツ外来部教授・白旗敏克氏より、骨の老化、特に骨粗鬆症の実態についての講演が行われた。骨折に注意し、予防として運動、食事等についての生活指導をあげられた。
最後に、高齢者の心疾患の特徴と治療上の問題点について、日立総合病院循環器内科医長・岡部昭文氏の講演となった。実際の臨床例より診断から治療経過までについて数例の説明がなされた。
以上で同セミナーは終了した。どの講演においても、老人の疾病は複数化しやすく慢性になりやすいこと、治療は老人の特性を踏まえ行われなければならないことが強調された。老年医学を確立し、老人科専門医を養成していくことが高齢化社会を迎える今、早急に望まれることである。
老人病院経営の基本戦略をねる経営セミナー
先に述べた医師セミナーに続き、2月18、19日には東京都・都イン東京において経営セミナーが開催された。コーディネーターには厚生省病院管理研究所・小山秀夫氏、参加者は医師を含む管理職21名が集う。まず、セミナー冒頭に行われた小山氏の講演は以下のような内容でである。
これからの病院管理 ―政策対応と経営戦略―
医療経営は社会の変化に対応できる経営体質を確立しておく必要がある。そのためには次のような環境変化を正確に理解することが肝要だ。
第一は、医寮需給関係の変化、第二は医療概念自体の変化、つまり医療がメディカルであった時代からヘルスへと拡大している。そして第三に、保健医療制度の寿命である。
さて、そこで病院の経営理念で大切だと思われるのはなにか。まず、患者第一主義の貫徹である。すべてに病める人が優先するという考えが、病院職員全体に浸透しているかどうかは、経営以前の問題としてきわめて重要である。次に、徹底した地域主義である。地域あっての病院であり、地域社会を大切にしないと病院経営自体が成り立たない。最後は、経営のフレキシビリティの確保である。思いつきの人事管理、硬直的な組織、過大な設備投資、無理な資金計画等々、フレキシビリティを欠いた状況では、経営自体が不可能な時代がやってくる。
一定の危機感を経営者自らが持ちつづけることは、まったく新しい経営体質を生み出す原動力となり、いかなる状況にも対応できる経営体質を日頃から鍛練しておくことが重要だ。
以上のような小山氏の講演を受け、グループ討議と全体討議を繰り返しながら、各病院における問題の明確化と、その対応策について討議がすすめられていった。
マンパワーについては職員数の確保と職員意識の向上、また、人件費・差額・薬剤等の収支対策、入院患者の回転推進、サービスとして最重要課題である食事サービスの向上等だ。
これらの問題点は、経営関連のセミナーの度に提起されるものであり、経営者が絶えず時代に即した意識改革をもって対応していく必要があろう。
質の高い老人食を目指す第2回栄養士セミナー
2月18、19日に.都イン・東京において第2回栄養士セミナーが開催された。昨年5月の第1回開催時に認識を深めた栄養士意識と、世話役の方によってまとめられた給食に関する実態調査をもとに議論が湧いた。司会は光風園院長・木下毅氏、コーディネーターには聖マリアンナ医科大学病院栄養部長・最勝寺重芳氏、看護の立場から講師として高台病院総婦長・船場宮子氏を迎え、栄養士24名が集った。
基調講演では、最勝寺氏より老人専門病院における栄養管理の問題点と打開策について、運営管理の方針と、問題点打開のための条件について述べられた。病院内での栄養部門の役割と責任を明確にし、常に他職員と協力的な関係でいられるようにすること、また、好奇心を旺盛に、絶えずテーマを持ち続け、計画性をもって改善していくことが大切だ、とまとめられた。
講漬の後の事例発表では、西円山病院における栄養指導、特別養護老人ホーム潤生園の介護食、そして老人病院における献立の工夫について発表が行われた。
夜のグループ討議では、老人病院における食事基準の見直しと、メニュー・適温・食事介助などきざみ食をとりまく課題についての議論が三時間にわたり交された。食事基準については、加齢による機能低下等にあった栄養基準をもって食事箋を見直す必要があることが認識された。また、きざみ食については、各病院の工夫点や課題についての情報交換がなされた。
船場氏からは、老人看護の立場から給食に望むものについて講演がなされた。講演では、まず、老人の特性と接し方を心理面から考え、老人看護の基本は食事にあることを強調された。しかし、老化は食事にも大きく影響を及ぼすだけに、個人に合わせた心くばりの必要性を述べられた。
今回のセミナーで、次回への課題として摂取栄養量ときざみ食があげられた。摂取栄養量については、星野和子(西円山病院)、資見智子(定山溪病院)、斉藤郁子(愛全病院)の三氏に研究テーマとして取組みをお願いし、また、田尾・坪井・成田の三氏には引き続き世話役をお願いすることとなった。
介護の質を高める第2回ナースエイドセミナー
3月17、18日、サテライトホテル後楽園(東京都)において、30名の参加者のもとに第2回ナースエイドセミナーが開催された。昨年5月に開催された第1回時には、ナースエイド個人に焦点を向け、自分自身をいろいろな角度から観ることを主とした。そこで今回は、実際に老人病院で求められている介護に、心理面と技術面からアプローチすることとなった。
まず初めに、日本大学教授・長嶋紀一氏により、老人の心理についての講演が行われた。老年期の社会的特徴、心身の機能低下からくる老人らしさ、病弱老人の心理などをわかりやすく説明され、意志表示のある我儘とみられる患者さんの方が心の健康は保たれやすいと述べられた。
次に、新宿区民健康センター・山崎摩耶氏より、訪問看護の経験から介護の心について講演された。老人のもつネガティブなイメージからの脱却、介護はやってあげるのではなく対等な立場であること、心をオープンにすること、老人のもつセルフイメージを大切にしてあげること等を事例を含めて述べられ、介護の技術は心についてくると励ました。
なぎさ和楽苑理学療法士・宮森達夫氏の講演では、実技指導を交え、介護技術について話された。リハビリはリハリビ室のみで行われるのではなく、生活全体がリハビリであるため、介護者の果たす役割は大きい。老人の気持ちを大切にしてあげることが第1であり、"手を出さず、目を離さず"と指導された。
第2日目は、まず菖蒲荘園長・村田正子氏より、ご自身の母親の老人病院入院体験を通して、老人病院への期待を述べられた。さらに、老人ホームにおける老人の生活と、家族を含め社会が求めているものから、老人介護はどうあるべきかを考えるに至った。
最後の全体討議では、介護福祉士や職員間の関係などについての質問や悩みが出された。スーパーバイザーの病院管理研究所・小山秀夫氏は、外へ向いている意識を内へ向け、人からどう思われているか、ということから解放されること。何よりも価値のあることは自分を知ることであり、そのままの自分が心からすることが最も大切だ、とまとめセミナーを終了した。
老人の専門医療を考える会としては、今後、武久病院長・頴原健先生を中心に老人専門病院における介護マニュアル作成へ向け、検討をすすめていく方針である。
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