老人医療NEWS第143号
超高齢社会を考える
医療法人社団慶成会会長 大塚宣夫

我が国の超高齢化はこれから本番を迎えるというのに、不安に満ちた話ばかりが目につく。

一つだけ確かなことは、現行のままでは、近い将来社会のあらゆる仕組みが立ち行かなくなるということであろう。

そこで事態打開のために次の二つを提言したい。

七十五歳以上が高齢者

第一は、高齢者の定義の見直しである。今日、六十五歳以上を高齢者として区分けすることは自明の理のように語られている。しかし、その原点は一八九二年、プロシアで年金保険法なるものがスタートし、年金の支給対象を六十五歳以上としたことのようである。しかし、百二十五年経ち、世の中はすっかり変わった。日本老年学会等の提言にもあるように、高齢者も間違いなく心身ともに平均十歳から十五歳若返っているし、平均余命もそれ以上に延びている。

そこでまず、七十歳過ぎまでは特別扱いをやめて原則働いてもらい、七十五歳以上をもってはじめて高齢者の呼称を与えることにしたらどうであろうか。幸いなことに、欧米人と違い日本人は六十五歳を過ぎても働くことに人生の意義を感じている割合が明らかに高い。また社会からの期待こそは人を元気にする。それだけで社会の雰囲気は変わり、年金、医療保険、介護保険の諸問題も一気に光明が見えてくる。

ヨーロッパ社会に学べ

第二の提言は人生の終末期対応を変えることである。病院を始めて六〜七年経った頃、当会のメンバーとヨーロッパの高齢者施設を視察に行った。そして驚いたことに、ヨーロッパの施設には日本でいう寝たきり状態の高齢者はほとんど居なかった。

理由の一つは、老化に伴い自力で食事を摂れなくなり、口の中に入れてもらったものさえも自力で飲み込めなくなったらそれ以上の栄養分や水分の補給手段は取らないため、その先が極めて短いことにあった。

当時の日本で日常的な光景であった点滴や経鼻管栄養等は目にしなかった。そしてこの対応の違いは寿命観の違いに由来すると学んだ。つまりヨーロッパの社会では、老化に伴い口に入ったものを自分で飲み込めなくなったら、それがその人の生きる能力の限界と捉えそれ以上のことはしないというコンセンサスがあるというのである。併せて、こうも言われた。「人には死ぬよりも辛いことがある。それは自分の能力を超えて生かし続けられることである」と。

我が国では、寝たきりで働きかけにも一切の反応を示さない高齢者に対しても今もって延々と強制的な水分、栄養分補給が行われることが珍しくない。多くの人が、自分にはこうして欲しくないと思っているにもかかわらず…。

我が国でも、ヨーロッパ社会の寿命観が社会として共有できるとしたら、どんなにか終末期への不安と恐怖は軽減されることか。ヨーロッパ社会は、やはり高齢化先進国である。

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地域包括ケアシステム(ときどき入院ほぼ在宅)の実現に向けて
京都南西病院理事長 清水紘

平成三十年四月改定を目前に、方向性を示す重要な時期である。国は『地域包括ケアシステム』で「ときどき入院ほぼ在宅」を目指している。

では現場ではどのように認識しているのだろうか、当院の在宅担当者に聞くと、まず退院する際の在宅への引継ぎが一番重要であり課題であるという。退院後は、医療だけでなく介護保険が必要になることも多い。しかし、病院(特に急性期)から退院する時に介護保険の申請の支援が出来ていない現状がある。地域づくりの視点からすれば医療機関の認識不足が課題だという。この現実を謙虚に受け止めることも必要だ。

我々医療機関に求められることはなにか。それは三つある。一、医療が継続できる体制をつくること。二、生活が継続できること。三、必要な制度(資源)につなぐことである。当会の会員病院では当たり前のようにできていることが、全体として見ればできていないことになる。

例えば高齢者によくみられる慢性心不全のケースを例に挙げると、病状悪化で入院した場合、症状が改善し薬剤の調整が出来れば退院となる。この患者が再入院しないためはなにが必要か。いろいろな職種からなる医療従事者から医療や生活の継続の視点を誰に引継げばよいのか。現状は地域包括支援センター職員や介護支援専門員、または家族に引き継ぐことが大半だ。

しかし、本当にそれでよいのか。通常、家族や地域包括支援センター職員等の大半は医療の専門家ではない。だから、医療従事者にとっては当たり前のことがわからず、できず、残念なことだが短期間のうちに不本意にも再入院することとなる。退院の時に具体的な生活上の留意点を聞いていなかったり、訪問看護も入っていない場合が多い。その理由は「退院時に病棟看護師より必要ないと言われた」ということである。これでは医療が継続できるはずがない。「看看連携」が必要である。

看護師同士で「つなぐ」を意識することにより、心不全の悪化の兆候を見逃すことなく速やかな対処ができる。悪化の兆候(一週間での体重増の目安・浮腫・倦怠感・血圧等)を毎日観察できるケアプランが必要なのだ。しかし、その観察以前に、食事・水分量や運動、服薬の状況など生活全体の調整も重要である。「看看連携」に限らず病院の持つ機能を在宅へ継続させることが必要だ。

退院後は利用者や家族の状況に応じて利用するサービスは異なり、それに応じたケアプランが必要となる。しかし、病状管理上必要な援助内容がケアプランに組み込まれているかを把握し、不足の箇所を指導・助言する役割を医療機関は持たねばならない。その助言があれば不本意な再入院を防げるだろう。これこそが「ときどき入院ほぼ在宅」ではなかろうか。在宅と医療をしっかりとつなぐことができなければ、地域包括ケアの実現などできるはずはない。

経営者に求められることは、やはりシステム作りである。現場では何が問題なのか、それを解消するにはどうすればよいのか。常にアンテナを張り、情報を集め、いろいろなケースを想定したシミュレーションを行うことが、危機管理も含めて求められている。その中には「人財育成」や「ICTの有効活用」、「サービスの質の向上」等々が含まれるのは当然である。

これから大きく変化する社会情勢に合わせ、常に発想の転換が求められている。

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「損か得か」持ち分なしの医療法人の認定を受けますか
三条東病院 理事長 林光輝

昨今、厚労省や税理事務所から持分なし医療法人への移行を促すような案内が頻繁に届くが、どれも「画期的な要件緩和」「非課税枠拡大」「低金利融資」「三年間の期間限定」などの謳い文句が目に留まる。私事で恐縮だが当法人設立時の失態と出資金の経緯を簡単に説明させていただく。当時、地域医療計画で病床数が制限されるなか、若干の余裕があった地域で一〇〇床規模の病院と医療法人設立の認可申請を提出した。数日後、担当者から呼び出され、申請書類では自己資本比率が低いので法人認可は認められないとの指摘を受け、後先考えずに担当者の指摘に従い出資金を一〇倍の三億円に増やし、自己資本比率を上げて医療法人の設立認可を受けた。自己資本比率を上げたこともあり収支は順調に推移していたが、出資金の減資策もままならず、数年後に出資金の大半を保有していた初代理事長に相続問題が発生した。それから二代、定められた相続税や贈与税を支払い、現在は五人の同族役員で均等に保有している状態に至った。ここまで分散すればよかろうと思っていたが、今度は自身も終活時期を迎え、近い将来三代目、四代目の相続が発生することは避けられず、平成二十九年からは自社株評価算定式が変更されて益々不利な税制となり、この先、延々と相続税を支払いながら持分を継承するメリットがあるのだろうか。この機会に何度となく棚上げしてきた持分なし法人移行の再検討を始めた。

持分ありが設立出来なくなった平成十九年の社団医療法人数(厚労省調べ)は四万三六二七、そのうち四万三二〇三(約九十九%)持分ありが占めていた。持分なしの移行策として平成二十六年十月一日に認定医療法人制度が施行されたが、三年の期間内に移行したと思われる持分ありは僅か三%に留まった。認定制度は、出資持分についての相続税が免除され、出資者間のみなし贈与税は猶予・免除されることで注目された。しかし、持分放棄に加えて同族役員数三分の一以下など非同族経営にしない場合は、法人に贈与税を課すということが足かせとなり、認定を受けた法人は厚労省予想数をはるかに下回り、現在でも総医療法人数(財団など含む)の約八〇%が持分あり法人のままである。更なる移行策として平成二十九年十月一日から平成三十二年九月三〇日までの三年間だけ認定期間を延長させ、新たな認定条件が施行された。同族役員数三分の一以下が削除され同族運営でも非課税になったことは、大きな前進とされているが、法人関係者に利益供与しないという条件は同様であり、役員報酬が不当に高額にならないことが認定条件に追加されている。同族役員だけで経営維持は構わないが、法人関係者に利益供与しないということは、言い換えれば非同族経営と同じ規則での運営を意味しており、敬遠された前認定条件と大差ない。この条件を厳守するには、MS法人との契約・役員・非常勤役員報酬・社用車の扱い・保養所の扱い・会員権・出張旅費・交際費など。認定を受けるには少なからずグレーゾーンに踏み込み調整を求められる可能性がある。

そもそも学校・宗教・財団法人に関しては公共性や公益性を考慮して種々の税制上の優遇措置が講じられているが、持分あり医療法人は営利性を否定、配当も禁止され、株式会社と同率の法人税が課される。更に出資持分の相続が発生した場合には、その時点での評価額で相続税を課すという不公平感のある税法である。認定を受ければ出資金の相続問題だけは解決されるが、いままで何世代も相続税を支払いながら継承してきた出資金を全て放棄し、法人解散時の残余財産は国に没収、後戻り不可でM&Aには不利、移行後六年は認定要件を満たせない場合は法人に贈与税が課される。

損か得か。持分なし医療法人の認定を受けますか?

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大切なことは全て老専で学んだ
[アンテナ]

診療報酬・介護報酬改定の議論がかまびすしい。一時期の医療批判や医師タタキは鳴りをひそめているようにみえるが、新聞には「医師の報酬である診療報酬は、引き下げるべきだ」とか「財政制約がある中で、医療費を引き上げるべきではない」という財務省的見解を散見する。テレビでは「医療は、まだまだ無駄が多い」などとコメントする何の責任も負わない評論家風情がばっこしている。医師の中にも「これ以上高額な医療費に耐えられなくなるのは明らかである」という人もいる。

議論は自由だが、何がどのような根拠で無駄なのか、改善するとすればどのような方法で行うのかといった具体論は煮詰まっていないように感じる。だれも医療費が高騰すればよいとはいわないが、多数の職員が働いている病院の現場では、医師ばかりか多くの専門職が雇用と賃金を得ているので、医療費を引き下げるということは、これら専門職の給与を引き下げるということと同様である。いうまでもないが、看護職をはじめとする病院職員の給与水準は、地域の需給関係で決定される側面が強い。どうすれば、スタッフの給与水準を引き下げられるというのであろうか。

医療は、人々の生活必需サービスであり、命と関わる倫理と配慮が優先されないと、とんでもない結末を招きかねない。だから、安全・安心を優先した質の高い医療になるために、日夜、改善、改良を加えなくてはならないのだ。昨日まで正しいと考えられてきたことが、今日には古くて通用しない技術になることさえあるので、医師をはじめとした医療専門職は、日夜、切磋琢磨しなくてはならない。

同じことが、医療制度にもあてはまる。質の低い原因が、政治や行政やカネにまつわることが少なくないし、医療が変わっても制度や仕組み自体が旧態依然としていては、なんら新しい成果は生まれようもない。制度は絶えず点検し、問題点を明らかにして改善し、改革しなくてはならないゆえである。

今さらこんなことをいうのは、どう考えても医療の仕組みや改革が目にみえなくなってきていると思うことが、あまりにも多いからである。老人の専門医療を考える会は、四〇歳前後の若手医師達の集団として、どうしたら老人医療の質が上がるのかということを、真剣に議論してきた。多くの医療制度改革についても発言し、時として国や行政の方向と同一であったり、場合によっては抵抗勢力として活動してきた。

四〇歳前後というと、全てが見渡せたわけでもないし、見分ける眼力がそなわっているわけでもない。多くは、試行錯誤の連続で、全て成功したわけでもないが、自由闊達に話し合える仲間と時間と空間があっただけである。

それでも、人は成長するものだと思う。メンバーそれぞれが各人に影響を与え合い、人として経営者として、そして医師として人格の陶冶が必要なのだということを確かめ合うことが多かった。長年の活動を続けることによって、すでに白頭に至っても、年数回の勉強会は、同窓会というより、なお前進するためのエネルギー基地のようなにぎわいである。一言でいってしまえば、人生の大切なことは、全て老人の専門医療を考える会で学んだのだ。なんとかしないとダメだ。どうしたら世の中を変えられるのか。そのために一人ひとりがどのような姿勢で取り組めばいいのか。そして、自分自身も変わらなければだめだという平凡な結論を共有することができたのである。

昔語りをするのは、老人医療をさらに改善、改革しようという志を次代の医師の多くに共有して欲しいからである。あきらめてはいけない。

* へんしゅう後記*

私の家の周りでも、訪問・通所等の在宅サービスの車の数が増えてきた。健康であっても、病気や障害を持っていても、さまざまな事情が複雑に絡み、人生の最晩年の過ごし方が一番難しいように思う。

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老人の専門医療を考える会 JAPAN ASSOCIATION FOR IMPROVING GERIATRIC MEDICINE